週間ブログ拍手ランキング【04/05~/11】

2018年04月11日 18:08

04/05~/11のブログ拍手ランキングです!


大内家滅亡 17
【ニュース】 <歴史>「大坂の陣」巨大陣図が見つかる 最古級・最大級 17

足利義輝のクーデターの顛末 14
進士九郎による三好長慶暗殺未遂事件 13

一宇治城攻略と狐火 11
その頃、芸州に毛利元就という人が 7

誠に多年旧功の主従であり 6
諸塁はたちまち日新公に 6
弘治三年の大旱魃と大洪水 5


今週の1位はこちら!大内家滅亡です!
足利李世記に見える大内滅亡の顛末。
その頃、芸州に毛利元就という人が
この記事と合わせて、畿内におけるこの地域への関心の深さを察せられます。
それにしても史実かどうかはともかく、足利義輝が大内への亡命を考えていたとか、大内の方はさらに、天皇家まで含めた
受け入れを望んでいたとか、どちらも仮に実現すれば日本史そのものが大きく変わったであろう内容で、当時の大内氏の
スケールの大きさ、強力な存在感を充分に感じられます。「大内ならこのくらい考えていた」と、少なくとも考えられていた、
ということでしょうからね。
この時期の戦国史の、固定化したイメージを大きく揺さぶってくれる、そんなお話だと思いました。

同票でもう一つ!【ニュース】 <歴史>「大坂の陣」巨大陣図が見つかる 最古級・最大級です!
こちらも本当に大発見で、今後、他の陣図や文献史料とのとの比較といった作業の中で、様々な仮説、新説を生むであろう
新史料だと思います。全ての内容を早く知りたいなあw
大阪の陣への理解も、やはり軍記物の影響が今なお強く、実態とは相当乖離があったと考えられます。
その乖離を正せるような研究が、この史料により更に発展してほしいな、と切に望みますね。

2位はこちら!足利義輝のクーデターの顛末です!
足利義輝が三、好長慶によって没落させられた細川晴元の勢力を頼んで、三好からの自立を意図したものなのでしょうけど、
完全に裏目に出て、近江への逃亡という顛末となります。
実は「流浪将軍」足利義稙以来、足利将軍家でこのパターン多いですねw畿内を制する実力者に対し、その反対者を
味方につけて自分の主導権を回復しようとする行為。ほぼ全部失敗するのですがwただしこれは、足利将軍がそもそも
複数の有力大名に推戴され、そのバランスの中で主導権を発揮する存在であるため、一人の実力者に寄ってのみ
推戴される形は、逆に「バランスの悪さ」を、将軍家や幕府構成員に感じさせるものであったのでしょう。
ある意味では「傀儡」を断固拒否する姿勢だとも言えますが、そういう姿勢が畿内の争乱を無駄に長引かせた要因でもあり、
いつの時代も「政治」とは難しいものだと、そんな気分になりますね。


今週もたくさんの拍手を各逸話にいただきました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
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