我らも御爪の端

2018年05月02日 10:43

838 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/01(火) 22:27:36.66 ID:mqhkJOQK
賤ヶ岳七本槍とは、加藤虎之助(後肥後守清正)、平野三十郎(後遠江守長泰)、脇坂甚内(後中務安治)、
加藤作内(後左馬助嘉明)、戸田三郎四郎(後民部勝隆)、福島市松(後左衛門大夫正則)、
糟屋内膳(武則)達であった。

彼らは賤ヶ岳七本槍と成るまで、領地を150石づつ与えられていた。
ただし糟屋内膳は元播州赤松家の家臣であり、赤松死去の後、良き才能を持った者として
500石にて抱えられていた(実際は別所長治家臣)。

賤ヶ岳の合戦の後、七本槍のうち6人には三千石に帷子35枚、黄金5枚づつが与えられた。
しかし福島市松には、五千石に帷子25枚、黄金5枚が与えられた。

彼らには羽柴家の筆頭家老である杉原伯耆がその朱印を渡したのだが、加藤虎之助が激昂し
声高に叫んだ

「市松も御一家なら我らも御爪の端であります!どうして二千石も劣るのでしょうか!?
今度の槍働き、私は市松に少しも劣っていない!これは伯耆様にお返しいたす!」

そういって加増の朱印を受け取ることを拒否した。

虎之助の言葉は声高であったため、秀吉の耳にも聞こえ、
「虎之助は惣じてうつけ者であるな。今回の加増の後に、市松と同等に取らせてやろう。」
そう仰せになった。

後に虎之助には播州姫路において加増が有り、所領は合計して五千石となった。

福島市松は秀吉の甥であり、加藤虎之助は従兄弟である。

(祖父物語)

何故か片桐且元がハブられ戸田勝隆が入っている賤ヶ岳七本槍



840 名前:人間七七四年[] 投稿日:2018/05/01(火) 23:42:19.05 ID:4jukLEbl
且もっちゃん…

841 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/02(水) 06:35:00.00 ID:6zgg/rXt
片桐さんはどこにいってもいじられるそんな存在なのか。真田丸の片桐さん思い出した。

842 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/02(水) 06:58:00.29 ID:BVgUNKb5
ホントは石河兵助と桜井佐吉も入るんだろ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    爪の端=血縁・親戚 のことね
    史料を読んでるとまれによく見かける言葉

  2. 人間七七四年 | URL | -

    龍造寺四天王と比べると字面以上に候補が並んでるよね、賤ヶ岳七本槍。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    別所氏も赤松の端くれだからセーフ

  4. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    7本槍として同列に並べられるのを当人たちは嫌だったみたいだね。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    7本槍って武張った言われ方しているけど、少なくとも片桐と加藤清正についてはずっと吏僚畑を歩んでいたのは間違いないらしい
    秀吉の普段の言動からただの鑓働きとかは余り評価していないし、脳筋馬鹿に見られるのは嫌だったのかな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    正則に関して言えば後に秀次の跡を襲って尾張国主になっていたり
    他の子飼いとは別格というか明らかに連枝として遇されているように見える
    江戸時代で言えば越前松平ぐらいの家格にあるのでは

  7. 人間七七四年 | URL | -

    働きも良かったんだろうけど何より秀吉の縁者だしね

  8. 人間七七四年 | URL | -

    正則は子飼いの中では明らかに優遇されてるけど、秀吉が没した時点で尾張半国だし越前松平に例えるのは行き過ぎじゃないかなぁ
    徳川家の石高で言えば武田信吉クラスだしさ

  9. 人間七七四年 | URL | -

    じゃあ七算盤は
    石田・大谷・玄以・長束・増田・他2名といったところかしら

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