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柴田などに騙されるものか

2018年05月11日 08:05

884 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/10(木) 22:17:36.88 ID:ZZ5c1Vdw
清須会議の後、羽柴秀吉と柴田勝家の関係は徐々に悪化したが、この秀吉と勝家の間を
和睦させたいと、滝川一益より織田信孝へ申したてられた。

これを受けて、信孝も勝家へ異見をし、これにより勝家は、自分の馬廻り二名と、秀吉に縁のある
故信長の馬廻り二人を秀吉のもとに遣わし、浅野弥兵衛(長政)を通して存念を申し入れた。

秀吉はこの使いの四人を召し出し、彼らから直に話を聞いた。彼らは
「現在はお互いに用に立たぬことを申し立て、話し合いも出来ない状況です。ですので和睦を
すべきです。」
と申し上げた。これに秀吉は答えた。

「あなた方が仰ったこと、尤もである。あなた達の異見に従おう。」

「御心良く我らの異見を了解くださったこと、大いに喜ばしく思っております。
それではこの事に対し、墨付を下されますでしょうか?」

「墨付は、飛脚を以って直接勝家殿に届けよう。各々はここから帰る前に、大徳寺に参詣して
信長公へ焼香を致すように。」と言った。
このため使者たちは大徳寺に参詣して越前へと帰っていった。

それを確認すると秀吉は五畿衆を呼び寄せ、こう言った
「今度越前よりの口上を聞いたが、これは雪中では出馬が難しい所からの策謀である。
きっと滝川一益の考えた策謀であろう。
唐においては張良、日本においては楠などの策謀であるなら私も騙されるかも知れないが、
柴田などに騙されるものか。」

これを聞いた者達、何れも感じ入ったという。

(志津ケ嶽合戰小須賀九兵衛話)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    一益と断定しちゃってる辺りが面白い。他に考えそうな人材居ないのかな?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    諜報に長けた武将だという認識が古くからあったのかもしれないですね。
    出自不明な点から忍者説が出てるくらいなので。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉側からするともう和睦などありえないってことなんですね

  4. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉が張良や楠を知ってるとは思えないんだが

  5. 人間七七四年 | URL | -

    張子房はともかく大楠公知らんわけないやろ
    信長に引き継いで楠木正虎任用してんのに

  6. 人間七七四年 | URL | -

    当時でも武将を例えて今項羽なんて言葉も有った訳だから市井の人々でも、春秋時代の物語の知識は有ったんじゃないかな?
    秀吉が百姓の出でも、武士になって30年も経つ内に書物や会話から学ぶことがあるとも思うけど。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    今張良と例えられた官兵衛を部下に加えているのに張良知らんという事はないと思う。
    そもそも秀吉自身知恵を武器に立身出世していってるのに教養はからきしという考え方は変。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※4の人気に嫉妬

  9. 人間七七四年 | URL | -

    当て字だらけだけど自筆の文章(手紙)書ける時点で、草深い田舎武将より教養は十二分にあるよ
    大友家の武将から立花家の家老に転じた小野鎮幸だって字が読めず恥かいたって回顧しているぐらいだし
    まあ、尾張時代には信長のもとで奉行職に就いてたって記録も有るらしいし、若いときから文章の読み書きは出来たと思うよ。秀吉は生まれながらのお大名に比べたら教養は無いだろうけど平均値以上は十分にあったんじゃないの

  10. 人間七七四年 | URL | -

    太平記は当時もっとも巷間に普及した軍記物といってもいいから
    百姓から武士を目指そうという人間にとってはむしろとっかかりやすいと思うぞ

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