水谷蟠龍斎、家重代の刀剣を売る

2018年05月16日 21:36

889 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/15(火) 22:13:41.40 ID:bS8mkxlx
水谷蟠龍斎(正村)が二十歳の年(天文11年)、領内の作柄が非常に悪かった。
この事を聞いた蟠龍斎は、「今年の年貢は通年の三分の一にせよ」と命じた。

家老たちはこれを聞いて猛反対した「それでは家中の者達の生活が成り立ちません。」
すると蟠龍斎は、家重代の刀六腰を取り出し
「これを質に置け」と仰せになった。

そこでこの事を徳者(裕福な町人)に相談すると、彼は
「惣じて質の物は、直に買い取る価格の半分が相場です。ですのでこれらを質に入れても
大した額には成らないでしょう」と言う。

すると蟠龍斎は即座に言った「では買い切りに致せ。」

家老たちは強く諫言した
「お家の、重代永代たる刀を失う事を、一体いかなる分別にて行うのでしょうか?」

蟠龍斎は答えた
「刀千腰にも代えがたいのが譜代の者達である。その彼らを助ける目的なのだから、
何も問題はない。
例えば、私が刀を千腰挿して敵に向かっても、一人ではどうにも出来ない。
しかし、例え少人数であっても家中上下の心を合わせれば、敵を抑えることが出来る。
であれば、家中こそが我家の重代ではないか。」

この言葉に家老たちも一言もなく、蟠龍斎は刀を売ってその代金を家中上下に配った。

次の年は大変な豊作であった。
蟠龍斎領内の百姓たちは一同に心を合わせ、前年に売られた水谷家重代の刀を買い戻し、
これを蟠龍斎に差し上げた。

この事に、蟠龍斎は涙を流して言った
「君に明有れば臣に忠有りと言うが、古人のこの言葉を今心得ることが出来た。
私が欲心から離れて家重代の刀を売り民を助けたのは、君の心明らかという事に、
少しは似ていたのだろう。また賤しき百姓とはいいながら、その恩を知り、今年少しばかり
耕作が良かったからと言って買い戻し、私に献上するというのは、臣下の忠心という
ものではないか。誠に聖人の言葉に偽りは無いものだ。」

そして

「今年度の年貢のうち、三分の一を免除するように。」と命じた。

百姓たちは驚き、一同に登城して「そのようなつもりで献上したのでは有りません」と、
様々にこれを撤回するよう説得したが、「君子に二言はない」と、終に免除となった。
このあまりの忝なさに、百姓たちも涙を流して城より退出したという。

(水谷蟠龍記)



890 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/15(火) 22:25:10.59 ID:Br8B8qxA
イイハナシダナー

891 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/15(火) 22:58:52.10 ID:WTVGDZaX
豊作=米価下落って思ってしまうのは現代人の感覚なのかな

892 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/15(火) 23:35:36.79 ID:PG1AXGp+
米を作る=通貨を作るみたいな時代だしね

893 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/16(水) 00:21:44.95 ID:DdjCXKqO
日本昔ばなしにこの話があっても違和感ないレベル

894 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/16(水) 01:08:38.87 ID:G8KIY6Xp
せっかく買い戻してくれた百姓たちを賤しきって言っちゃうのはちょっと失礼な気が

895 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/16(水) 03:08:08.98 ID:s7+ZKaJ9
>>899
>>898でどこがいい話なんだよと書き込みたかったが
続き読んで伏線かよと

いい話でした
ありがとうございます

896 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/16(水) 03:09:56.78 ID:s7+ZKaJ9
>>894
今の時代の賤しきとは違う意味だと思う
我が家でも代々「お百姓さん」とは言わず「百姓が作った米は喋らずによく味わって噛み締めて食べよ」と言われてて
あくまでも百姓は百姓と言う感覚
今の時代は皆、平民になってお百姓さんになってしまったが

897 名前:人間七七四年[] 投稿日:2018/05/16(水) 05:52:09.82 ID:+o1rA7gK
>>895
>>898,>>899に期待

898 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/16(水) 07:07:56.71 ID:MlSBrpYu
>>894
ここは「一般には賤しき百姓などと言われているが」程度の意味でいいと思う

899 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/16(水) 10:37:35.98 ID:l3hhkPYC
カーストかよ

900 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/16(水) 11:08:37.71 ID:7w2utxgu
これ、商人の方も、資金の融通をしたつもりで転売しなかったのだろうな。

901 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/16(水) 13:20:03.03 ID:ZK9AFFT7
>>889
イイハナシダナー(´;ω;`)

>水谷蟠龍斎(正村)が二十歳の年
!?( ゚Д゚)
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >>891
    需要に対して供給が十分に近い場合は豊作は確かに価格の下落を起こす。
    ただ、当時(というか米需要が安定するのはWW2後の話だが)は、圧倒的に需要に足りてないから、
    いくら豊作でもそのまま資産になる。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    素直にいい話だと思う

    当時の常識そのものに
    それは正しいとか間違ってるとか言っても詮無いこと

  3. 人間七七四年 | URL | -

    太閤立志伝5の秀長プレイで米相場を荒らしまくった事があるけど、それを資産と言い張る勇気はないなぁ。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    確か吉宗は享保の改革で豊作貧乏を経験して、新田開発から元文の改鋳へと舵を切ったんじゃなかったけ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    吉宗の例は確かそれ迄は米価と諸色(米以外の日用品の価格)は連動していたけど、新田開発で米が需要以上になって下落したけど諸色は下がらない事になって禄米で生活していた武士が困ったて問題だったかと。(米価安の諸色高て教科書にも歴史の漫画とかにも載っていたかと)
    貨幣改鋳を提案したのはかの大岡忠相だったりします。それによって金銀の相場を金有利にする事によって物資の供給源であった大坂から安く買える様にする狙いが有りました。(江戸は金本位で大坂は銀本位)
    吉宗は初めは取り合わなかったけど、あれこれと米価上げる政策試みたが成果が出ず最後に受け入れて実行したらしい。

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