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白井百人衆謀討

2018年05月30日 19:55

827 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/30(水) 19:08:50.93 ID:Q6o9fFY/
天正12年正月上旬の頃のこと
当時、白井長尾の家中には百人衆と言う、歩行の武士集団があった。
正月に、沼田衆の林太郎左衛門、吉野太郎右衛門、吾妻衆の井上金太夫は、私曲あって
沼田の真田家から立ち退き、白井に属し、この百人衆の一員となった。

ところが程なく真田家への忠信を立てて故郷に帰りたいと思うようになり、3人は談合して
この事を真田家の高橋右馬允へ申した。右馬允がこれを金子美濃に相談すると、
「その方、上田へ参りこれを注進せよ」という事になり、高橋は丸山土佐守、木村戸右衛門を
通して真田昌幸にこれを申し上げると、昌幸は非常に喜び

「神妙の事である。卒爾無きように計るべし!」

そう仰せになった。そこで高橋はお暇を乞い戸鹿野へと帰った。
かの3人の者たちは、指示に従い百人衆の朋輩たちをたぶらかした
「沼田の鹿野には有徳(裕福)の者が多い。夜討ちして金銭を奪い取ろうではないか。」
そうして130人が申し合わせ、林、吉野、井上が案内して戸鹿野へと忍び入った。

しかし、かねての計画通りであり、彼らが侵入した所で橋を外し、四方より取り巻いて
襲撃した。このためまたたく間に120人余が討たれ、水練の達者であった5,6人のみが
助かり、白井に帰ることが出来た。

この忠節により、高橋右馬允は昌幸より知行を賜った。

(加澤平次左衛門覺書)



828 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/30(水) 19:42:23.53 ID:m3QtbrAB
うーん、敵方をほいほい受け入れてはいけないのだな。120人討死って、大損害じゃないの。

830 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/30(水) 21:50:14.33 ID:8830ayA8
>>828
この場合の120人て小者は無しだろうから
いきなり侍大将120はキツすぎると思う
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    林、吉野、井上

    の3人はどうなったんだろうか?

  2. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    様子を見てくるとかいって一行から離れたような

  3. 長宗我部元親 | URL | -

    百人衆のうち130人か…

  4. 人間七七四年 | URL | -

    一豊「昌幸殿は酷い御人よな。ところで相撲大会開催するから是非とも来て下さらぬかな?」
    ムハンマド・アリー「東方には酷い事する人が居るですな。因みに私の次男の遠征軍司令官の就任式典有りますから是非とも来て下さらぬかな?」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    「5人そろって四天王」の比率を当てはめれば125人が適正であろうと思われる

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ローマ「百人隊なら80人が適正だぞ」

  7. 名無し | URL | -

    そもそもその三人は本当に沼田(真田)を出奔したんだろうか?
    何せ昌幸じゃなあ、最初から最後まで「計算通り」の可能性が。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    武士でも待遇1つで他家に移る人はいただろうし、盗み聞きしたら下駄投げてくるような昌幸に付いていけなかった人達なのかもしれん。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    昌幸「はいはい全部わしのせいわしのせい」

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