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今は諸浪人の多くが先知を減じ

2018年06月16日 21:17

16 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/06/16(土) 12:05:27.02 ID:odU49sW/
今は諸浪人の多くが先知を減じ


下方覚兵衛*は元々は蒲生氏郷に四百石で仕え、その後は小早川秀秋に呼ばれ
千二百石で仕えていたが秀秋が亡くなったため、池田家臣の土肥周防の誘いで
慶長八年、池田輝政のもとへ召し出された。

土肥周防が輝政の嫡男・利隆に氏郷時代の知行四百石で仕えるようにと
折紙を渡すと、覚兵衛は
「中納言(秀秋)のことで浪人になってしまったので、ただいま無双の御当家へ
 召し出されるのならば、いかようでもお請けしたいのですが、せめて
 先知(千二百石)の半分は下されるべきでしょう」
と申したため、周防が折紙と違う知行を求めてくるのは困るとして
断ろうとしたところ、輝政が
「今は諸浪人の多くが先知を減じ、そのままで終わってしまうことがあるから
 このようなことを言ったのだろう。この先配慮をしてやるように」
と仰せられたので、翌年から覚兵衛には百俵の合力米が支給された。

覚兵衛はその後出世していき、慶長十六年には光政の守役に任ぜられた。
そのとき輝政と利隆の相談の結果、池田家の譜代同然に扱われることになり
家督を継いだ光政が領国に帰るときには、妻子と一緒に江戸で留守を守った。
元和七年に亡くなるが、最終的には千百石を拝領したという。


――『吉備温故秘録』

* 祖父が小豆坂七本槍の下方左近であったことから、蒲生氏郷に仕える。
 氏郷の死後、堀秀治に仕え越後にいたが、小早川秀秋に召し出される。
 光政とは家族ぐるみで交流があり覚兵衛の死後、妻は岡山城の水の手に
 屋敷を拝領し、光政から"水の手の祖母"と呼ばれ慕われた。


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    乱世が終息して功名を建てる機会を期待できなくなったことを察してたんだろうね…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    当たり前だけど期待されている能力を発揮するには土肥周防にもサポート役の家臣が必要
    そういうものを雇う経費も考えて600石を要求したんじゃないかな?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    400年近く前でも今でも人を見抜く目がなきゃ"優秀な"組織のトップにはなれないんやな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    むしろ現代よりも見抜く目を持たないと厳しいよ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    現代=見抜けなければ社会的に死ぬ
    中世=見抜けなければ物理的に死ぬ

    これは厳しい

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >>厳しい
    しかも部下の功績を大切に扱わないと直ぐに離反する、場合のよっては謀反を起こされる。
    挙句、現代からすれば見方を変えると領民達も犯罪者予備軍まがい。

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