大阪方の人々

2018年06月22日 10:32

31 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/06/22(金) 09:17:50.00 ID:+Vch1/Y2
豊臣秀頼公は、大阪冬の陣のおりには御歳23であった。世の中に無いほどのお太りであった。
木村長門も同年である。
大野修理はその頃、47,8くらいに見えた。
後藤又兵衛は60あまりに見えた。男ぶりは百人頭という風情の人であった。
真田左衛門佐は44,5くらいに見えた。額に2,3寸ほどの傷跡があり、小兵なる人であった。
秀頼の御子8歳と長宗我部の二人は戦後生け捕られ、京にて御成敗された。

(長澤聞書)

大阪の陣で後藤又兵衛に従った長沢九郎兵衛による、大阪方の人々の印象



32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/06/22(金) 10:47:30.98 ID:K53k58Oq
何でそんなに太っちゃったんだろう・・・

33 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/06/22(金) 12:11:36.59 ID:tpZc7hd2
蒲鉾が大好きだったんだよね

34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/06/22(金) 16:21:57.96 ID:L0H/Woxq
北の将軍様もお太りになってるよな
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    淀君の親父の浅井長政も大柄な人だったと伝わるから、特に変だとは思わないなぁ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    長身とデブは別物でしょうに

  3. 人間七七四年 | URL | -

    秀頼公には
    記事下のスポンサーサイト三つ目の
    脂肪を燃やしまくる成分を
    お薦めしたい

  4. 人間七七四年 | URL | -

    秀頼=デブ説は、そのお陰で家康が豊臣家への攻撃を決意したって見方をする
    学者も居るみたいだから、結果的に良かったんじゃない?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    この時代のデブは別にマイナス評価じゃないからなあ。
    デブってて武芸に支障が出るとアウトだけど秀頼はそういう話ないし。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    蒲鉾って江戸末期でも年に数回、しかも数切れしか食べられない超高級品だったとか
    代々の徳川将軍家の節制ぶりとは好対照だな

  7. 人間七七四年 | URL | -

    当時の蒲鉾は贈答品だったから事あるごとに貰ってそうな気もする
    てゆか贈答品としての処理が扱い易いから「好き」ということにしてたのかも

  8. 人間七七四年 | URL | -

    >世の中に無いほどのお太りであった。

    北の将軍様を連想した俺は至高の朝鮮によって粛清されるであろう。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    カール三世「王者の肥満の何が悪い!」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    あんたの場合問題は肥満ではなく能りょゲフンゲフン

  11. 人間七七四年 | URL | -

    「肥満王」ってただの悪口だよね…

  12. 人間七七四年 | URL | -

    太っていたのは分かるけど、身長が196センチくらいみたいな事聞くが、本当にそこまでデカかったのかね。確かめようもないけど。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    後藤又兵衛の百人頭ってお世辞にも褒めてないよね…
    風格が足軽組頭程度にしか見えないのか

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    そもそも秀頼に武芸に秀でた逸話なんてあるかな?一応六角氏に弓を教わってた話はあるけど

  15. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    ※13
    戦のときに先陣きるような実戦部隊長ぽいってことなんじゃない

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    ヨーロッパじゃ『ローマ軍の百人隊長のような人』が長いこと”男の中の男”って最大級の褒め言葉だったしね
    よく分からん家老級の人より直接会話も出来、公私共に面倒も見てくれる部隊長の方が頼れる人ってイメージ湧きやすい
    現代だって姿すらめったに見ない役員より有能な課長さんの方がイメージ湧きやすいしね(どちらかというとプロジェクトリーダーかな?
    多分、長沢九郎兵衛も年寄りのような外見だがすごく頼りになる人だったって表現なんじゃないかな

  17. 人間七七四年 | URL | -

    男振りを誉めるワードとして使われてるんだし、「数万石を有した元重臣」と言うよりも豪傑みたいだってニュアンスじゃないのかね

  18. 人間七七四年 | URL | nLnvUwLc

    「貴人はデブでなければ」みたいな風潮は近年の中国まであったし多少はね
    それにしても「世の中に無いほどのお太り」って・・・

    ※13
    当時の60歳で「百人頭という風情」ならよっぽどエネルギッシュで怖い武闘派顔だったんでしょw

  19. 人間七七四年 | URL | -

    ※14
    秀でてたってエピソードもなければ稚拙だったってエピソードもないから当時の殿様の平均値程度だったんじゃね(間違えても首取り武将系と比べちゃいかん)
    肥満とされる竜造寺さんとか今川さん、北畠さんもマイナス評定喰らっちゃいないしね。
    日本で肥満=情けないっていうのが定着したのって徴兵制が定着した明治後期以降だし。

  20. 人間七七四年 | URL | -

    「花のようなる秀頼様を、鬼のようなる真田が連れて、退きも退いたよ鹿児島へ」
    これを聞くと、真田信繁は小柄だったと聞いているので花と鬼が逆じゃない?
    と感じてしまう
    太っているのがマイナスではなくて、薩摩に落ち延びた後、酒好きでいつも酔って
    あちこち寝転がることから「谷山の酔喰(えいぐら)」とよばれていたらしいので
    そっちのほうがマイナスだよなあ

  21. 人間七七四年 | URL | -

    当時の「太っている」という言葉は贅肉太りと筋肉太りを区別していないのかな(馬肥やせとかいうし)
    祖父に似て高身長という情報とあわせるとムキムキのヘラクレスだった可能性もなくはない?

  22. 人間七七四年 | URL | -

    晩年の家康も明らかにデブだが運動能力を伝える逸話は結構ビビるものが多いからなー
    動けないデブとは違う種類なんだろうな

  23. 人間七七四年 | URL | -

    何かで浅井長政がぽっちゃり体型だったという話しを見た気がするんだけどなぁ…。
    ちょっと調べてみようかな。

  24. 人間七七四年 | URL | -

    長政の死後に描かれた肖像画がぽっちゃり体型に描かれてたのね。
    色々と早とちりしてた。

  25. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    >男ぶりは百人頭という風情の人
    この例えを聞いて、当時の人と現代の我々とで解釈にどれだけ差が有るんだろうな。
    百人頭って役職がないし、自衛隊の中隊長って感じとも違うだろうし。
    長沢九郎兵衛の視点に立って考えようとしても、そもそも当時を生きた武士の価値観が現代人とまったく違うだろうしな。

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