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週間ブログ拍手ランキング【06/28~07/04】

2018年07月04日 22:38

06/28~07/04のブログ拍手ランキングです!



日置の夜合戦 23

毛利輝元、自分の少年時代を振り返って 16

合戦というものは結局、気負い次第 15
なにやってんねん織田家 15

大坂御陣中御支度の事 12
天下で切支丹御法度となった事 10

大阪の陣の頃の流行り色々 9
池田恒興、息子に正室の実家を継がせる 9
大野修理襲撃事件のこと 6
伊藤武蔵守、馬験を拾う事 5



今週の1位はこちら!日置の夜合戦です!
この木造長政さん、後には関ヶ原で織田秀信を補佐し、敗北したにもかかわらず、福島正則から2万石で迎えられるなど、
高く評価された武将であり、決して凡庸な人ではありません。
そんな木造さんが仕掛けた罠にまんまとハマりながら、それを平然と覆せるのが、蒲生氏郷の、氏郷たる所なのでしょうね。
確かにチートキャラ呼ばわりされても仕方ありませんwこれで倒せないならどうやって倒せばいいのか。
武士という人たちの中には、稀に兵というより生きた機動兵器みたいな人が現れますが、氏郷さんも明らかにその一人ですね。
こんなのが暴れまわっていたのですから、戦国というのも本当に厄介な時代ですw

2位はこちら!毛利輝元、自分の少年時代を振り返ってです!
「その地位に見合うよう厳しく育てられた」といえばそれまでなのですが、輝元の場合それが良かったのかどうか。
そういう面があったから、もしかして輝元は、嫡子秀就に甘かったのかもしれません。
秀就は「毛利殿は生まれつき不調法」とまで言われ、本来一番の味方であるべき親類たちほぼ全てと緊張関係に
なってしまうような人で、逆にこういう人には厳しく躾けなきゃダメだったんじゃないかな、とも思ってしまいます。
彼の息子の綱広に至っては、家臣たちから押し込めをされてしまう始末で、実は毛利はお取り潰し寸前だったのですね。
しかしそこでお取り潰しを免れたのは、毛利輝元が関ヶ原の後家康からもらった安堵状のお陰が大きかったようで、
輝元も、結果的に子孫を救っているのだなあと、不思議な思いを感じたりします。
この書状も歴史を勉強するほど興味深く読める、そんな内容ですね。

今週管理人が気になった逸話はこちら!なにやってんねん織田家です!
「なにやってんねん織田家」といいつつ、そもそも信長の頃から織田家というのは、この手の芸事、イベント事に非常に
熱心な家風がある気がします。信長も若い頃女装して集団でダンスイベントやってたり、京に出てから家臣とともに競馬に
興じたり、例の「馬揃え」も、その延長線上の物なのでしょう。
そう考えると、信雄や有楽が新興の芸能に興じ、その家臣たちがテンションが上った挙げ句騒ぎを起こすというのも、
むしろ「織田家らしい」と考えるべきではないか。なんてことがふと頭をよぎったりしました。
まあ信長がこんな有様を見たら激怒はするでしょう。だけど彼の身内への甘さを考えると、最終的にはなあなあで
許していただろうなあ、とも。
「織田家の家風」について思いを馳せる事の出来る、そんな逸話だと思いました。



今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつも本当に有難うございます!
また気に入った逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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