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清見寺の膏薬

2018年07月07日 17:01

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/06(金) 21:44:23.21 ID:XoIoRDXe
清見寺の膏薬は、今川氏真の家臣が、駿河滅亡の後に剃髪して清見に庵を結んだのだが、
この者は膏薬を調合し、往来の人、在々の者に施して、その対価として銭、又は五穀を貰うことで
飢えをしのぎ身命を繋いでいた。

彼は里の童たちを誘い、薬草を集めると子供に頼って松脂を取り調合の手伝いをさせた。
このため、調合の方法まで子供たちは見習い、自分たちで調合し売り広めるように成った。
この由緒を以て、今でも清見の膏薬は子供の商売となっている。

この膏薬を作り始めた庵主は弟子に跡を譲り、この商売は次第に繁盛して、かつての庵は、今は
寺と成っている。

(渡邊幸庵對書)

こんな今川の遺臣のお話が



60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/06(金) 21:52:27.29 ID:1GYT3Z0c
今川旧臣による一大産業の創出。

61 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/07(土) 00:53:45.30 ID:9OdgJgq+
清見寺かよく前を通るけどなそんなの知らんかった
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    清見寺の前を通るのは東海道線。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    膏薬を売っていた少年たちがそのまま稚児化して、寺前が男娼通りになっていたらしい。膏薬もそのために使われていたそうな。と調べたら出てきてもにょる

  3. 人間七七四年 | URL | -

    米2
    何のために膏薬を使うんですかねぇ…
    これはたまげたなぁ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    家臣「五穀米道と名付けて窮民を救いましょう」
    氏真「よきに図らってたもれ」

    張魯「…」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※2さんの話にもある通り、結構その手の町として有名になってしまっていたらしい。
    実態としては「薬局を営んでいる男娼宿」であり、この美少年達を店先に置いて「薬を売るための看板役兼男娼」
    としての役目もあった模様。手段と目的がすごい事になってるw
    特に欧州で発行された「日本誌」で有名なエンゲルベルト・ケンペルもこの町の事を書いていますね。
    私もケンペルの事調べる途中でこの辺りが出た時は、当時堂々と児童買春している事実に驚いたもんです。
    (1690年代初頭の頃)

    こんな話しばかりでは申し訳ないので、興津に行ったら「宮様まんぢう」を食べましょう!
    酒饅頭美味しいよ。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    普通にいい話かと思ったら※欄で意外な真相が

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    酒饅頭より船饅頭の方が良いなあw

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    折角こんな話ばかりでって言う流れでその返しは少しばかり失礼じゃないか?

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