FC2ブログ

井伊直政本多忠勝西軍ノ挙動ヲ評ス

2018年07月13日 18:15

76 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/12(木) 15:31:24.37 ID:m3mAOga4
井伊直政本多忠勝西軍ノ挙動ヲ評ス

関ケ原にて、井伊兵部少輔(直政)へ永井右近(直勝)が見廻りに参られたところ、

兵部が申されたことには、「内々に思っていたのとは違い、上方衆はぬかっている。
あまり先を取ろうという気遣いがない」とのことであった。

(内々存候と相違上方衆は、ぬかり候中々先を致され可申との気遣なし)

また本多中務少輔(忠勝)の方へ見舞い申されたところ、中務が申されたことには、

「上方衆は先を取ろうとの気遣いがなかったが、この頃の様子を見申すに思いのほか
違って、まばたきの内にも先を取っているように相見える。

左様に御心得なされ」と申された。

(上方衆先を被致可申との気遣無之處此中の様子を見申候に思の外相違瞬目の内にも
先を取り候様に相見え候左様に御心得候へ)

――『日本戦史 関原役補伝(永井直清筆記、武功雑記)』



77 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/13(金) 08:35:18.29 ID:LVuhrboZ
時間経過なのか、忠勝の方が細かい観察力が優れているという話なのか。

78 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/07/14(土) 09:38:24.86 ID:0uqXaRXi
そんなんだから突出して銃撃されるんだよ
スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    関ヶ原の布陣図を見ると、井伊隊と本多隊の位置では多少、正面に見える敵の舞台が異なるからその差(戦意のちがい)が有ったとか?

    井伊の正面は宇喜多、戸田、島津、小西
    本多の正面は平塚、戸田、大谷に赤座、小川、朽木、脇坂に小早川

  2. 人間七七四年 | URL | -

    でも合戦の開始当初はよく考えたら濃霧の中だったんだよなぁ
    どの時点での話なんだろう

  3. 人間七七四年 | URL | -

    こういう当事者の発言とか見ていると、最近提唱されている西軍が松尾山を攻囲中だったとか
    関が原でなく山中で決戦が行われたとかチョット無理が有るような気がする
    まあ実際両軍とも前日夜~当日払暁に移動してそのまま決戦だから地理把握はかなり混乱してたんだろうけど

  4. 人間七七四年 | URL | -

    直政の向こう見ずな性格と忠勝の慎重さを表したエピソード…なのか?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    いや、西軍が会戦狙いで関ケ原に布陣したなら東軍主力を警戒してないのはおかしい
    東軍主力が「ぬかっている」と感じたのは別の敵(=松尾山)に警戒が向いていたからでは?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    当時に正確な地図がある訳でも無く、史料における地名や方向とかもザックリと書かれてるだけだからなぁ

    特に関ヶ原の戦いは夜間から移動を始めて霧が晴れたら開戦&あっという間に終了だもの
    決戦場がどこかなんて誰にも把握できてないと思うわ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    濃霧でも少なくても周りに誰がいたくらいは把握可能。でなきゃ伝令も戦果報告も出来ない。
    あと、幾らなんでも幾日も前から濃霧だったわけでもないし、城の周りくらい物見が見て回ってるから、
    ある程度の地理も把握しているだろう。街道沿いなら尚更。
    通説を当てるなら、そもそも西軍は東軍の進軍を阻止する為に先に布陣しているのだから、東軍もある程度
    の相手の予測位置くらいは立てられる。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    動く相手との相対距離から自分の位置を特定するのはなかなか難儀だぞ
    A君とB君は東西から同時に出発して何時に出会いました、ここは東から何kmでしょうってやつだ
    西軍が防衛線を構築してそこから前進してないという前提なら計算は簡単だが

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※8が何を前提にしてこの話をしているのかがちょっと分らん

    >>動く相手
    何故着陣した他の人達が動いていると言う過程なのかがちょっと理解できないのと、関ヶ原の戦いって終始濃霧
    に覆われてたっけかな?それに西軍は東軍が動いたとの知らせで待ち構えていた状態だから動く必要性無いのでは?

    決戦場も何も前の前にいる相手と戦えばいいだけだから、この逸話もそんな事言いたくて書いてないとおもう
    そう言えば、参戦大名達の一次資料にもこの戦いの詳細って載ってなかったって聞いた事在るけど、
    もし本当なら何故なのかが凄く疑問

    まぁ何を信じるかも考えるかも、最終的には自分の解釈次第でしょ?でないと切がないし

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    色々すっ飛ばして申し訳ない、ちょっと補足させてほしい。
    動く相手というのは西軍のことだし、この逸話を信じる限り実際動こうとしてたと思うんだ。
    なぜなら、

    >「上方衆は先を取ろうとの気遣いがなかったが、この頃の様子を見申すに思いのほか
    >違って、まばたきの内にも先を取っているように相見える。左様に御心得なされ」

    という感想は普通に考えれば先制攻撃か奇襲に対する警告であって、
    野戦陣地を固守しようとしている相手への評価ではないから。

    で、そうだとして、お互いに動きあっての接触だと当事者にも正確な位置はわからんよねっていう話。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    「だろう」「だろう」なんて推論に推論を重ねた話を議論しても意味ないよね

  12. 人間七七四年 | URL | -

    夜半の雨で道もぬかっている

  13. 人間七七四年 | URL | -

    関ヶ原の一帯の地形なんて
    あそこに参戦してる大名のほとんどが良く知ってると思うがな

  14. 人間七七四年 | URL | -

    >>78
    何でそうなる雑だな。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/11386-0457e5cd
この記事へのトラックバック