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己は正しく主君の敵である

2018年08月04日 16:50

112 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/04(土) 13:45:24.58 ID:2hjMYhnQ
永承4年の夏、香西又六郎元長、薬師寺三郎左衛門(長忠)、竹田孫七、新名某などが寄り合って密謀した。

「我らの主君である細川政元は近年物狂わしく、行跡政道粗略である。この人が存命するならば、
当家は必ず滅亡するだろう。また六郎殿(細川澄元)の世とならば、彼に従う三好家は益々権威に誇り、
やがて世を傾けて覆すだろう。であれば、我々は彼らに先立って、政元を弑し奉り、丹波の源九郎御曹司澄之を
細川の家督に立て京兆家を相続して、六郎殿を退け三好党を滅ぼすべきである!」

そう謀反一決し、細川政元の右筆である戸倉という者を語らい置いた。

同六月二十三日、政元は例のごとく愛宕精進潔斎して、沐浴のためとして湯殿へ立ち入った所を、戸倉が
するすると走り寄って政元を刺殺した。時に生年四十二。無残と言うも言葉が足りない。

この時、常々政元の傍を離れず近仕していた波々伯部という小姓の少年が、何も知らず湯帷子を持ってきた所、
戸倉はこれも切りつけた。しかしそれは幸いにも浅手で、後に蘇生して一命を助かり、傷もすぐに癒えた。

さて、細川政元が滅びたことで香西、薬師寺たちは力を得、次は六郎殿(澄元)を討ち取ろうと、同二十四日。
香西又六、同孫六、彦六の兄弟、多勢を引き連れ澄元の館へ押し寄せた。澄元の家臣である三好、高畠といった
人々はこれを予想しており、百々ノ橋を隔てて対峙し、ここを先途と防ぎ戦った。

敵方には政元を殺した戸倉の一陣があり、この部隊が進んできたのを、あの政元の小姓、波々伯部が見つけ
キッと睨んだ

「昨日は負傷させられらが、己は正しく主君の敵である、逃すまじ!」

そう名乗りを上げ散々に突き合い、終に鑓にて戸倉を突き伏せ、その頸を郎党に取らせた。
天晴忠義の若武者かなと、人々はみなこれを褒め称えた。

(應仁後記)



113 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/04(土) 17:35:27.06 ID:jGmxs8bD
>>112
義朝「湯殿はいいぞー」
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    頼家「左様、湯殿は善き物にござるな祖父上」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    道灌「いい湯だな♪」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    利家「ゆず湯じゃゆず湯じゃ(ウキウキ)」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    なみなみはくぶ?かと思った
    「ほうかべ」という姓だったのか

  5. 人間七七四年 | URL | -

    伯部は魔法使い政元のマスコット(意味深)だったのかな?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    「波々伯部」(ほうかべ)で一つの苗字ね。
    天智朝からある由緒ある苗字よ。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    米3
    慶次「叔父上、ここ数日のことを考えて水風呂にしましたぞ」

  8. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    ははかべじゃないんか

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ははかべさんて両細川の乱でちょこちょこ見る名前なんだけど
    乱中に絶えちゃったのかそれっきり見かけないのよね

  10. 人間七七四年 | URL | -

    武家家伝さんのサイト見ると明智の丹波侵攻の際に波多野に一味して没落→帰農という流れみたいだけど、
    氏姓紹介のサイト見るとそれ以外に福井藩にも波々伯部姓の藩士がいたみたいね。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    慶次「風呂に脇差は必需品でござるぞ」

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