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剣豪公方は義輝だけではないのだぞ

2018年08月07日 18:17

117 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/07(火) 17:31:45.81 ID:+jaNSi8i
永正6年10月26日の夜、将軍足利義稙は酒宴の後寝所へ入り、その夜は番衆たちも沈酔していた。
その隙きを伺って、その夜子の刻ばかり(0時頃)に、盗賊たちが殿中に忍び入り、御重宝を奪い取った。
酔臥していた当番の面々は油断しておりこれに気が付かず、盗賊共は安々と、将軍の寝所へと侵入した。

しかしこれに気がついた義稙は少しも騒がず、寝間着の小袖だけを召し、太刀を抜いて夜盗の輩を即時に4人
切り伏せた。しかしながらこの時、自身も9ヶ所の手傷を負ったという。別の説には手傷は7ヶ所であったという。

観阿弥という同朋が盗賊の手引きをしたと言うが、何れにしても非常に危険な事件であり、天運に叶われていた
故では有るが、天晴武勇の行動であると、人々はみな感じ入った。

この傷は治療され程なく平癒し、同12月19日、表御所へ出御あり、大名小名はこぞって太刀、馬などを
献上して各々参賀し、その祝儀は非常に盛り上がった。
また禁中よりもこの時、従二位に任じられた。

(應仁後記)

剣豪公方は義輝だけではないのだぞ



118 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/07(火) 18:14:25.35 ID:wgRhe7ED
>>117
カッコイイ!

119 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/07(火) 19:25:04.00 ID:vI9T1A5l
流れ公方かっこいいな

120 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/07(火) 19:39:05.89 ID:DeVenh7R
都を戦火に包んだ二大陣営の申し子で魔法を操る細川政元
彼に裏切られて追放された元将軍の足利義材
10年以上の流浪の末、将軍に返り咲く

創作にはうってつけ

121 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/08(水) 00:50:17.40 ID:PGGz+tkY
>>117
観阿弥って茶坊主とかでよくある名前なんだろうか、いろんな人の逸話でよく見るような気がするが
勘気を受けて殺されたり、他の家士と揉めて殺されてやった方が出奔したり、そんな役回りで登場する名前

122 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/08(水) 09:57:45.24 ID:xDZttUE8
●阿弥は大名の御伽衆

123 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/08(水) 11:10:20.02 ID:IZol+537
全員眠りこけて盗賊の侵入を許す近習がクソすぎる
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    番衆にとっては悪い話しだなぁ。
    処遇が気になるところだ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    番が酔っちゃあいかんわな。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    貴人って栄養状態も雑兵に比べていいし教養・護身として武芸の教授も受けてるケース多いから実際強い人は多かったんだろうな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    これ『実隆公記』(三条西実隆)は末代までの美談と評してたりする実際にあった話だよね
    諸記録によっては足利義澄派の刺客2名で将軍御所内に内通者がいたこと、義稙に傷が7か所できたことなどがわかる。
    、『御随身三上記』(三上宗三)には武芸だけでなく色々な秘伝、口伝など危機的状況への対処法も身につけていた。そこには毒が盛られた食事の見分けかたなどもすぐわかったともある。

    この将軍はなかなか惜しい将軍

  5. 名無し | URL | -

    義殖に限らず足利将軍は代々実戦が身近だからな
    日本の歴代政権のリーダーで一番武人の長って印象が強い

  6. 人間七七四年 | URL | -

    イメージ的には烏丸少将的な感じだったのだろうか?

    >>その祝儀は非常に盛り上がった。
    懲りないなこいつらw

  7. 人間七七四年 | URL | -

    一服盛られたのかもしれぬ

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