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これより攻め滅ぼさせていただく

2018年08月09日 12:20

18 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/08(水) 21:49:54.59 ID:xiowr2gD
関ヶ原の合戦の後、9月24日、大阪表に徳川秀忠が大名16名を引き連れ現れ、大阪に着陣するや、
すぐに大阪城へ使いを立てた

『今回の戦乱中、伏見城にて討ち死にを遂げた鳥居元忠、松平家忠、同五左衛門三名の首を
当地に取り寄せ実検を行ったとある上は、この一乱、秀頼公の企てであるのは紛れも無い事であり、
これより攻め滅ぼさせていただく。』

この口上に大阪城中は驚愕し、秀頼の母である淀殿はこれを請けて申した

『秀頼は未だ幼年であり、一乱を企てることは申すに及ばず、首実検の事も毛利輝元、その他奉行たちの
仕業であり、秀頼の存ずる義ではない』

そう一々に詫言したため、秀忠は京へ戻った。
そこで徳川家康がこの事を聞き、
「秀頼公については赦免し、今後は御蔵70万石ほど宛行うように。」
と仰せになった。

その発言までは諸家も旗を張り立て一戦の支度をしていたが、秀頼安堵の情報が伝わると、諸手ともに
旗を治め休息した。

(駿河土産)

これはおそらく史実ではないのでしょうけど、ここでも対豊臣強硬派が秀忠で、穏健派が家康なんですね。



19 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/09(木) 06:29:43.59 ID:3X1txoR3
若いのが積極で老人が慎重なのは今昔いつも同じ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    政治・外交上の思慮分別はさておきここまで威勢のいい秀忠像は新鮮

  2. 人間七七四年 | URL | -

    コレが史実なら東軍(徳川軍)は秀頼の代理人として上杉征伐に行ったという法的にも大義名分的にも立脚点が無くなっちゃうと思うんだ。家康はあくまで豊臣家の筆頭大老として政務代行している
    秀忠も後の政治的手腕から見てもこんな言い掛かりつける人物には見ない。何よりここで挙げているのはあくまで徳川家の家臣(この時点ではただの陪臣)。それを根拠に豊臣家にイチャモン付けたら、ただでさえ関ヶ原直後に徳川家に歯向かった福島正則が黙っていないだろう
    駿河土産が100年以上後の成立だし、そのときには関ヶ原直後に徳川家が豊臣を圧倒するパワーを持ってたと認識されていたとしか

  3. 人間七七四年 | URL | -

    後世の逸話なんて誰も史実だなんて思ってないでしょ
    このエピソードの肝は成立時には秀忠がこんなこと言っちゃう人だって思われてたことじゃないの

  4. 人間七七四年 | URL | -

    この逸話と関ケ原遅参の逸話を合体させると、秀忠は後から来て無抵抗の豊臣家にだけ威張り散らしたことになり小物感がやばい

  5. 人間七七四年 | URL | -

    流石に大河でも取り扱わない逸話だわ
    でも確かにこんな強気で迫る秀忠象は珍しい
    他の逸話でも静かに怒るタイプだったから

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    原哲夫のマンガかな?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    良い警官、悪い警官メソッド

  8. 人間七七四年 | URL | -

    秀忠「これより(すぐに)攻め滅ぼさせていただく」
    家康「これより(後でゆっくりと)攻め滅ぼさせていただく」

  9. 人間七七四年 | URL | -

    家康といえば、ちょっと逸話と関係ないけど、津川さんが亡くなってしまいましたね。
    個人的に家康をやらせれば一番の適任だと思う役者さんだと思っています。
    西田さん演じる秀忠との掛け合いは、長い大河ドラマの中でも屈指の相性だったと思う。
    非常に残念です。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    葵徳川三代は本当に傑作だったな
    視聴者に解釈を委ねるようなシーンで妙に胡散臭さを醸し出して津川家康が好きだった

  11. 人間七七四年 | URL | -

    独眼竜政宗のときの津川家康の方が印象に残っている
    未開発の田舎出身のポット出の若造・政宗(緒方)と、
    経済の先進地を有する業界の大物・秀吉(勝新)の間を取り持って、
    あるいはうまく転ばせて成り上がろうという、中年世代
    のは見所あった。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    というか秀頼が損得勘定できないほどのバカだった滅んだだけだし
    徳川が何が何でも豊臣を潰そうとしたというのは結果論に過ぎない

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    大坂の陣はともかく関ヶ原の逸話なんだから秀頼本人は許してやれよ

  14. 人間七七四年 | URL | -

    豊臣家に関しては淀君に権力集中してるんだし、秀頼の意思決定権がいかほど頼みに出来たかまでは分からないよ。
    淀君と秀頼の損得勘定が合致しなかったのが、大坂の陣における最大の肝なんだから。
    秀忠としてはその弱みがある内に豊臣家を倒したかったんだろうし、家康は急ぎ取りかかる事ではないと考えた。(そもそも会津征伐自体が豊臣家の臣下として執り行った事だから手出しすれば余計に戦いが長引く)
    後に千姫を秀頼に持たせたのは豊徳合体というよりも、かえって淀君と秀頼の間隙を残す為ではないかと思うんだ。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    いまどき淀君って...

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    政宗(緒方)←緒方って誰?

  17. 人間七七四年 | URL | -

    独眼竜政宗の配役は渡辺謙だよなぁ
    「けん」繋がりで緒形拳辺りと入れ替わってんのかな?

  18. 人間七七四年 | URL | -

    淀殿悪女説や家康腹黒狸説は秀頼の無能を誤魔化すためにできたものだしね

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