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忍び難く、哀なること

2018年08月14日 17:49

32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/14(火) 14:56:17.06 ID:OUO9MWgw
天文14年(1545)、応仁より後、度々の兵乱によって禁中はもってのほか御不如意
となったことは、神武天皇以来なかったことである。諸卿はこれを難儀とした。

近衛殿・鷹司殿・綾小路殿・庭田殿・五辻殿・中原大外記など皆近江に下向されて佐々木
の屋形(六角氏)を頼り、観音寺城下の常楽寺・慈恩寺に寓居された。

この他の諸公家も皆国々に下ってその所縁をへつらい、末々の殿上人・地下人らは摂津・
河内・近江などの間に徘徊して民間に交わった。

また京都を御出にならない人々には、商家に身を寄せて朝夕をしのぐ人もいた。あるいは
一椀の食を求めんがために門戸に侘び立ちすれば、戦国の習いで案内・検見(斥候)の者

かと怪しみ捕らえられ、詰問の責に及ぶ人もいた。あるいは賊のために討ち殺された人の
妻子や眷属として所々に迷い行き、愁嘆のあまり淵瀬に身を投げたり、自ら湯水を断って
渇死する人もいた。その消息は中々見るに忍び難く、哀なること前代未聞なり。

――『浅井日記』


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    浅井日記は江源武鑑の流れを汲んでるみたいだが著者誰なんやろ
    江源と同じく沢田さんかね?

  2. 名無しさん | URL | -

    朝廷「不如意である」
    天庵さま「ふにょいである」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    浅井日記、作者は沢田源内とする人もいるけど、 今のところ作者は不詳みたいだね。
    現存する浅井日記は、明治から大正にかけての国学者、黒川真道の写本だそうな。

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