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各々数年心身を苦しめ、勲功を積んできた故に

2018年08月21日 19:43

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/21(火) 14:29:17.07 ID:UbRWxlbF
去る程に、天下泰平に治まり行くによって、大名小名は尽く安土に集まり、織田信長に対し
歳暮の御礼を申し上げた。棒物(歳暮の御礼の贈り物)の類の夥しさは、限りもないほどであった。

明ければ天正6年正月の早旦、信長より諸侯大夫へ御茶を下されると兼ねて仰せが有ったため、
寅の刻(朝4時頃)より登城された。その面々は、まず三位中将信忠卿、羽柴筑前守秀吉、
二位法印(武井夕庵)、長岡兵部太夫(細川藤孝)、林佐渡守(秀貞)、長谷川丹波守(与次?)
惟住五郎左衛門尉(丹羽長秀)、滝川左近将監(一益)荒木摂津守(村重)、市橋九左衛門尉、
長谷川入道宗仁、以上11名であった。

お座敷の構は、六畳敷に四尺の縁、床には彼岸の絵、中に万歳大海、右に松島、左に三日月。
花の水差し、周光茶碗、うば口の釜、竹筒の花入れといったものであった。

信長は自身で迎えに出られ、座敷へ招き入れた。そして手づから配膳された。
この座の衆の中には後に、あまりの事に何を食べても、一切物の味の記憶が無いと言った人もいたとか。

御茶過ぎて、その日出仕した者達へは、諸大夫までは三献の土器(かわらけ)を、福富平左衛門尉、
矢部善七郎、大津伝十郎、大塚又一郎らの御酌にて下された。
平侍以下にはお通り(お通し)が出された。

翌日、大名小名尽く召されて「殿守見参らせよ」と、名物の茶器をかれこれと御見せになり、
南蛮、大明、珍奇の茶の子、数を尽くして下され、その後こう言われた

「各々数年心身を苦しめ、勲功を積んできた故に、この山が成就した事は、誠に珍重余りある。」

そう再三に仰せに成ったため、諸侯大夫は皆、感動に首を地に付け御返事を申し上げる者も無かった。

同じく4日に、信長より信忠へ贈られた数寄道具が、万見仙千代(重元)の所で御開きになったが、
羽柴秀吉、武井夕庵、宮内法印(松井友閑)、林秀貞、滝川一益、長谷川与次、市橋九郎左衛門尉、
丹羽長秀、長谷川宗仁、以上9人を召されて、終日丁寧のおもてなし、誠に善尽くし美を尽くされた。

(甫庵信長記)

この時は「お前たちが頑張ってくれたおかげだ!」って言ってるのに、何故甲斐征伐の時「我々も頑張ったかいがありました」
って言った光秀はあんな目に…



191 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/21(火) 15:03:49.56 ID:hEIi7MKj
信長は躁鬱の気がありそう、自分のメンタル具合によって似たような場面でも処置がまちまち

192 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/21(火) 15:05:49.13 ID:CBpikV1D
>>190
仕事を頼まれる時と、仕事をこなした後で
上司の腰の低さが変わるのはブラックあるある。

上司『工程ミスったんで、しばらくサビ残よろしく』
部下達『…』
上司『俺のミスだから晩飯奢るし…取敢ずやって』
後日
部下達『やっと終わったけど、上のミスでサビ残とかきついよねw』
上司『会社批判か?こ○すぞ!?』

193 名前:人間七七四年[] 投稿日:2018/08/21(火) 15:50:12.38 ID:bCT5bmSJ
飯食ってるなら仕方ないね

194 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/22(水) 07:17:12.20 ID:jZ5eq/tb
小姓たちじゃなくて福富や矢部たち奉行らが酌をして廻るのか

195 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/22(水) 07:29:32.93 ID:CLHFQZxu
滝川が地方に飛ばされると茶会ができなくなると嘆く気持ちがこれでわかった

196 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/22(水) 12:20:47.49 ID:AAf+nT0O
>>190
光秀は対武田において何か貢献してたか?
おべっか使うような家臣は折檻されて当然だろ

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/22(水) 12:56:14.23 ID:PXuG0xCs
おべっか?

198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/22(水) 13:43:03.41 ID:JOs6uGd/
ノブは新興成り上がりベンチャーの神経質社長やからな
そういう人物にありがちなステレオタイプの性格だったんだろう

仕事ができても人間性終わってるやつは今も昔もごまんといる

199 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/08/22(水) 14:58:18.12 ID:L+C5gw+1
忠興さんとか鬼武蔵さんとか・・・
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    ステレオタイプな恐ろしい信長像の反動か優しいエピソードがピックアップされるけど、本当に上司にするとキツい人は常時厳しい人よりむらっ気のある奴だからな…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    大抵の人間には売った恩を覚え買った恨みを忘れる機能が付いているから
    信長はそういう点ではとても人間らしくはあると思う

  3. あ | URL | -

    光秀だけには言われたくなかったとか

  4. 人間七七四年 | URL | -

    天正6年というといわゆる軍団制みたいになって有力武将は各方面へ派遣されているけど
    柴田勝家・佐久間信盛が参加していないのは余程越前・本願寺がキツかったんだろうな
    『去る程に、天下泰平に治まり行くによって…』どころじゃないよ
    しかし秀吉、中国戦線担当しているのによく顔出し出来たなぁ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    自分自らが部下を労うのと
    下から「オレも頑張ったよねwww」と言われる事の差

  6. 人間七七四年 | URL | -

    信盛「ほんと、口は災いの元ですなw」
    信長(怒<ビキビキ)

  7. 人間七七四年 | URL | -

    光秀「(甲斐征伐時)われわれもがんばった「かい」がありました」
    信長「激怒!」

    …ダジャレに切れたんじゃない?

  8. 人間七七四年 | URL | -

    信長はA型かB型だというのが有力だがA型だと思う 良い奴のときはとても良い奴だけど機嫌悪いと残虐になるところが

  9. 人間七七四年 | URL | -

    人間できてると思うけどなぁ

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