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週間ブログ拍手ランキング【09/20~/26】

2018年09月26日 17:43

09/20~/26のブログ拍手ランキングです!


鵜殿氏の菩提寺・長應寺と絵曼荼羅 11

坂井政尚の討死 10

茶の湯の歴史について 9
織田信長公は信を堅く守る人物であった。しかしそれ故に 8
鳥居強右衛門勝商顕彰碑 8

敵は皆腰印を捨てたるぞ! 7
10本の矢 6
斎藤内蔵助利三という光秀股肱の者で候 6

「筑前、早くも天下を併呑する気象あらわれたり」 5
明智光秀の最期 4
伊勢貞興、諏訪盛直の討死 4


今週の1位はこちら!鵜殿氏の菩提寺・長應寺と絵曼荼羅です!
寺に歴史あり。それにしても実に波乱万丈ですね。戦国と明治、この二つの時期に大きな変動が起こっている事に、つくづく
この時期が非常な動乱期だったことを伝えてくれていると思います。故地のから江戸へ、そして今は北海道幌延へ。
波乱万丈と言えば、ここに出てくる西郡局が生んだ娘が、あの督姫ですね。北条氏直に嫁ぎ秀吉の小田原征伐のために
離縁し、後に池田輝政と再婚しました。そんな動乱の時代が少しでも静まってほしい。この長應寺にはそんな思いも、
きっと籠められていると思います。

2位はこちら!坂井政尚の討死です!
坂井政尚といえば信長上洛の時の四大将の一人であり、織田家中において非常に重要な人物の一人でありました。
四大将とは柴田勝家、蜂屋頼隆、森可成、坂井政尚ですが、この内二人は信長在世中に討死、柴田勝家も賤ヶ岳の敗北で
切腹し、畳の上で死んだのは蜂屋頼隆だけでした(そんな彼も子がなく家は断絶)。
織田政権はその中途で崩壊したためもありますが、「初期の功労者」たちの顛末の虚しさには、色々と考えさせるものが
あります。

今週管理人が気になった逸話はこちら!織田信長公は信を堅く守る人物であった。しかしそれ故にです
このお話、割と真を突いているというか、昨今の研究では、織田信長という人は「かなり真面目」であったと認識されています。
この場合の「真面目さ」というのは、自分の役割をしっかり認識すること。そしてその責務を果たすことを自覚している、
というようなことを言います。信長はこれを自分だけでなく他者にも求め、将軍にその自覚がなければ将軍に、天皇が
自覚を欠いていると思えば天皇にきっちり諫言します。で、その自覚がないと思った人には容赦がありません。
将軍義昭は勿論、安土城で信長の留守中に遊びに行った女房衆たちを皆殺しにした、なんて事になります。
そういう生真面目さが織田軍の統率を保っていた、のもたしかでしょうが、逆に生真面目さ故の厄介さも、おそらく
当時の人たちも感じていたのでしょう。
そんな事も考えさせてくれた逸話でした。



今週もたくさんの拍手を、各逸話にいただきました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話が有れば、そこの拍手ボタンを押してみてください!
(/・ω・)/
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