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三人は因幡守家の従縁です

2018年10月19日 21:45

淀殿   
375 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/10/19(金) 04:44:55.46 ID:9DVEMnqs
噂が独り歩きして邪知淫乱とか密通とか不義の子とかボロクソに書かれている淀殿だが
ttp://uploader.skr.jp/src/up10490.jpg 
up10490.jpg

那古野氏側にも庶民の噂話とはちょっと違う淀殿の記録が伝わっている


「浅井備前守長政室信長公の御妹とも因幡守は従弟也
京極若狭守忠高若狭小浜少将の母公浄光院二女
秀忠公御台宗源院様三女
秀頼公の母公淀殿一女
此御三人因繙守は筋違の従弟也」

浅井長政に嫁いだお市の方と因幡守は従兄弟です
故に京極家に嫁いだ浅井氏二女
徳川秀忠に嫁いだ三女
豊臣秀頼の母一女淀殿
三人は因幡守家の従縁です
(先代実録)(岡山県史)


那古野氏は母方が小谷落城時にお市の方達を庇護した織田信次の娘(孫)でお市の方と従姉妹という縁もあり
後に豊臣氏から手厚い庇護もあり二女の智勝院殿は森氏に、四女の大林院殿は各務氏に嫁いだ。


*読売次掲載は松の丸殿(京極竜子)と那古野山三の艶書(不倫)特集



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    画像見てん?と思って手元の森家先代実録(津山の教育委員会が発行したもの)確認したが
    山三郎の父の因幡守は、普通に信包の家来で改易時に秀吉の家臣になっただけなんだけど
    新出っぽく書いてるけど新出じゃないし、それ真に受ける?って説をあげててひどいな……

  2. 人間七七四年 | URL | -

    新聞が特に新しくない民間伝承の説をあたかも新説みたい…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    この人が考証してるんじゃ西郷どんもだめなわけだ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    磯田さんの功績は認めるけど
    末端の武士の記録を以て「当時の人達はこう考えていたんだ」って代表意見の要に喧伝するところがあるのが何とも
    「英雄たちの選択」でも結構トンデモ意見で番組締めるよね。NHKからそう求められているかは知らんが、歴史家としてはどうなんだか

  5. 人間七七四年 | URL | -

    磯田氏のような各所から発掘して広めるタイプの人も必要だとは思う
    同じ出来事も公家や寺社や民で異聞異説はあって全然良いと思うし
    ただ、傾城葛城とかのくだりは異聞以前に鞘当ての台本内容じゃないだろうか…

  6. 人間七七四年 | URL | -

    本当はこういう資料見つけたら、それは出所がどこになるのか、どう変遷を経ているのかって考えなければいけないんだけど、そういうのって史学よりもむしろ文学の方に属する話になってしまったりするからなあ。
    ただ、歴史学者なら、いくら稀覯本見つけたとしても、そこでこういう話を鵜呑みにしちゃいけないはずなんだけど……。

    つか、この『武辺雑談』、すでに『大日本史料』にも引かれているそうでな…… 著者等は不明とのこと。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    淀殿は叔父の織田有楽斎とか京で放浪してた従兄の織田信雄とか住まわせてたり
    幼少に世話になった親戚に対しては無茶苦茶面倒見良いからなぁ
    後世に悪者扱いしないといけなかったのも大きいだろうねぇ

  8. 人間七七四年 | URL | -

    お市の方が那古野氏の血筋入ってるなら秀吉がお市を慕ってたとか
    淀殿を特に寵愛したって意味合いが少し変わってくるな

  9. 人間七七四年 | URL | -

    淀悪女説や家康腹黒狸説は秀頼の無能ぶりを誤魔化すためのものだから

    豊臣が滅んだのは単純に秀頼が損得勘定できないほどのバカだから

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