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そんな秀吉の元同僚

2018年11月13日 21:16

506 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/13(火) 00:32:10.68 ID:ZVjC4cpg
日下部兵右衛門は、元は尾張の織田信長の家臣であったが、秀吉が未だ藤吉郎と称していた頃、
信長の命により、二人は堤の奉行をした。この時秀吉は褒美に預かったが、日下部には褒美がなく、
そのため信長の元を立ち退いて徳川家康に仕えた。

彼は関ヶ原の戦いの後、山城国伏見に在番した。この在番の間、常に下々に三度の食を食わせ、
自分の馬に鞍を置き、わらんず(草鞋)を傍に置いて、下々の者たちには身ごしらえを致させた。

彼は普段からこう言っていた
「もし不慮のことあれば、一番に城の大手に乗り出して討ち死にを遂げ、武士の職分を守り、
潔く死を善道に守ること以外は必要ない。」
自身も常に、そのように行動していたという。
(士談)

そんな秀吉の元同僚のお話



510 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/14(水) 00:01:48.69 ID:kj0e+PB+
>>506
かっての同僚が天下人となり
その天下人が築いた城の在番として生涯を終えるってのは、なかなか数奇なめぐり合わせだね
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    ろくでなしかと思ったらちゃんとした人だった

  2. 人間七七四年 | URL | -

    何故褒美を貰えなかったのかが不明なのが惜しい逸話(秀吉と諍いがあったとからしい)
    でも徳川家に移ってからは旗本として活躍していたみたいだし、織田家に留まらなかったから
    生き残れたのかも?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉が上手く自分を売り込んで功績独り占めにしたから嫌気さして出てったとしか

  4. 人間七七四年 | URL | -

    普通の武士が秀吉とかいう異次元人と仕事させられたらこうなるだろうよ 

  5. 人間七七四年 | URL | -

    信長に気に入られなかったんだろうね
    会社とか今の組織でも良くある事よね

  6. 人間七七四年 | URL | -

    つーても徳川でも要所の代官職勤めてるとはいえ、旗本止まりの人だしねえ。
    世代的に秀吉とかと変わらないなら織田でも芽は出なかったんでないの。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    他家へ転職した身で
    下級武士から幕府の中級程度の官僚まで行って、天寿をまっとうって割と立派なことだと思うけど
    そも徳川家の家臣で大名までなれたのなんて、基本的に譜代の家臣やばかりだし

  8. 人間七七四年 | URL | j7kPgX2Q

    秀吉と比較するから悪いんであって、一武士としてはそこそこ成功してるし良かったんじゃね?

  9. 人間七七四年 | URL | -

    なんか秀吉が出世したのに的な意見を持つ人居るけどさ、皆がみんな大出世して大名になれる訳じゃない
    普通の武士は精々数百石貰い、数千石貰いで大出世が当たり前です
    それが旗奉行と代官にまでなったのだから、十分有能と言える

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >世代的に秀吉とかと変わらないなら織田でも芽は出なかったんでないの。

    コレについて言うなら何を言ってもたらればでしかないけど、我慢してそのまま織田家に残ってもそこそこの佐々とか前田位の与力クラスになれても本能寺や賤ヶ岳で死んだかも知れないし、秀吉と揉めてひょっとしたら秀吉殺して別の人物が天下取ったり戦国の世が更に続く事になったりする原因にもなったかもしれないとか妄想は出来るかも知れないけど、全部妄想の域を出ないと思うのよね。
    今でもちょっと環境が変わると人間として大化けする人居たりするし

  11. 人間七七四年 | URL | -

    石川数正「そんなことで出奔とは、忠義に悖るのう」

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    日下部兵右衛門「貴殿の尻拭いは成瀬殿とワシと武川衆でしかとしておきましたぞ」

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    ??「殿の前で尻拭いという言葉は禁句でござるぞwwww」

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    家康「何を1人でブツブツ呟いておるのだ?呆けたか?」

  15. 名無しさん | URL | -

    佐久間とかもだけど、秀吉と比べて働きが悪いってのがね
    秀吉と同じことできる人間なんているわけがないんだし
    異世界チート疑うレベルですよ

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ※15
    佐久間信盛の場合は状況違うしね。当時の織田家中でもかなりの広大な領地と家臣・陪臣・与力を
    付けて貰いながら、結局その期待に沿わなかったのだし。(勿論擁護する余地もあるけど)

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※16
    持久戦狙いとしても調略はもちろん付城を増築したり警護衆の軍船を増やしたり仕事は一杯ある
    もしかしたらそういう地道だが必要な工夫も滞りがちだったのかもね

  18. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉が規格外に優秀なのは事実だけど、こういう実直で有能な現場の人間が居ないと物事上手く運ばないのも事実であって、それと諍い起こした挙句褒美が無くて出ていっちゃってるってのがなんともね

  19. 人間七七四年 | URL | -

    信長も秀吉も含めて人間は完璧ではないからなぁ
    公平な判断を下せないとか不条理な行動をする時だってあったんだろうね
    この日下部さんは徳川では成瀬正一と組んで行動してたみたいだけど、2人は良い相棒だったみたいでなかなか興味深い。
    秀吉みたいな派手なタイプじゃないけど、縁の下で支える補佐役とか向いた人だったのかな?

  20. 人間七七四年 | URL | -

    >>褒美くれないから出て行く
    実に武士らしい逸話だと思う。自分を評価してくれない家には決して尽くさない。
    その代わり、自分を評価してくれる家には全力で仕える。
    禄は確かに数千石止まりでも、日下部さん的には満足行く奉公だったのでは?

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