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仁義の道の奥義

2018年11月30日 20:02

535 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/30(金) 01:25:15.74 ID:GU5Ble3X
ある人が藤原惺窩の所へ行、仁義の道の奥義を尋ねたことが在った。
惺窩はそれに直接答えず、何と無く世の中のことを物語し、「人々の身ほど大切なものはない。」という事について
「天下を取るほどの大富貴であるが、これを得るとそのまま死して、子孫へも渡らない、となれば、あなたはこれを
得ようとするだろうか?」

問うた人は
「その場合、どうして天下を得ようとするでしょうか。この身に変えるほどの宝はありません。」

「その志を、他者に施す事を仁というのです。一方で、それほど大切なこの身を、人に頭を叩かれたり、
一言の恥を受けたという事で、忽ちにして死を省みなくなる事があります。それはどうでしょうか?」

「わかります。そのような時、必死となります。」

「その、忍ぶことの出来ない事があるのを、義と云うのです。天下にも変えられない命であるのに、一つのことに
対して死んでも後悔がないという事が、義なのです。」

そう諭したという。

(士談)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    儒者はこういう理屈言わせたら天下一だな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    仁義は儒学の核心をなす概念なんだから儒者が語れなかったらいかんでしょ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    儒者はこれだから系のコメントついてるだろうなと思ったら案の定で草
    人に頭を叩かれたり〜の下りなんかは当時の日本人の考え方・生き方に寄り添った上で
    仁義を上手く解説してて興味深いね

  4. 人間七七四年 | URL | -

    儒学を「上下関係をもっともらしく正当化した学問」としか認識してない人が多い気がする
    そらそういう側面もあるけど、本来は正解なき世でいかに正しい行いを見出すかという切実な思想
    そういう一種の普遍性があるから形を変えながらも生き残ってきたといえる

  5. 人間七七四年 | URL | -

    質問されて直ぐにテンプレ回答せずに相手の話を聞いてから
    解る言葉を選んで説明してるのは上手いな


  6. 人間七七四年 | URL | -

    惺窩「忍びねえな」

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