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汝は何ぞ主人の盟約に背き当国へ乱入するや

2018年12月12日 11:28

516 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/11(火) 20:59:48.23 ID:z57RbpQQ
遠江の国人どもは追々降参して御味方に属す輩多し。よって神君(徳川家康)はますます御馬を進められて、
掛川城を攻め給わんと、城下を放火せしめられた。しかしながら今年はすでに歳暮であり、合戦は明年の春
とすべしとして、見付へ陣を御取りになった。

そんなところに武田の部将・秋山伯耆守晴近(虎繁)は信玄の命を受けたのか、信濃より軍勢を引き連れて
遠江を切り靡かんと二俣辺りに向かった。秋山はまず久野城へ使者を遣わし、久野三郎左衛門宗能に「一族
を引き連れて信玄に降参すべし」と勧めた。宗能は先達て徳川家へ帰順していたので、秋山の使者に返事も
せず追い返した。

秋山は大いに憤り「それならば国人どもの見懲らしめに久野城を攻め落とせ!」と平尾村に陣取りして久野
の城に押し寄せんとした。宗能もこれを聞いて鼻闕淵という所へ出て防戦せんとする。神君もこれを聞こし
召して奥平監物貞勝入道道文・菅沼伊豆守満直・同新九郎正員などを援兵として遣わされ、秋山勢を防がせ
なさった。

ところが敵は思ったよりも大軍で、味方は散々に打ち悩まされた。秋山は勝ちに乗じて浜松まで追い寄せる
勢いである。しかも同国の犬居城主・天野宮内右衛門景貫はかねてより武田方の一味で、これも人数を押し
出し、秋山に力を合わせて働いたのである。

神君はこの時すでに浜松城へ御馬を入れられたが、秋山の方へ御使者を送り仰せ遣わされ「汝の主人である
信玄は先に約束を定めて、駿河を信玄が切り治め、遠江を私めに切り治めよと申し送った。私はその盟約を
守り大井川を隔てて互いに経略せんと当国へ働くところに、汝は何ぞ主人の盟約に背き当国へ乱入するや!
甚だもって無礼なり! 早くその地を去らずに事を先延ばすならば、私がただちに出馬して1人残さず首を
刎ねる!」と、仰せ遣わされた。

神君はその後に引き続いて御馬を出され、御勢も追々走り出てすでに秋山の陣へ打って掛からんとする形勢
であった。これを見て叶わないと思ったのか、秋山は早々に人数を引き纏めて信濃伊那口へと逃げ入った。
(原注:『三河物語』では駿河に入ったとする)岡崎勢は1人も逃すまいと追っ掛けたが、甲斐勢は地理に
熟練しているため、捨鞭を打って逃げ延びた。岡崎勢は牙を噛んで「今少し早ければ、秋山を討ち取ったと
いうのに!」と、名残惜しげに浜松城へ引き返した。

――『改正三河後風土記』


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    信玄「遠江を治めよと申し送ったな。あれは嘘だ」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    揉めて慌てて機嫌とるように厚礼なお手紙の出し方してるし
    信玄の方はガチで「川」を天竜川だと勘違いしてそうなんだよな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    この後末永く続く武田との小競り合いの始まりである。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    家康の生涯の大半は格上との戦争の日々だしな

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    >>格上
    氏真「照れますな」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    まあ、格上だよね

  7. 人間七七四年 | URL | -

    今川は斜陽とはいえ松平より強いしな
    織田の救援こなしながらほぼ単独で武田と戦争し援軍なしながら北条と戦争

    ほぼ綱渡りの人生

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