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こうしてこの者どもの手並みは知れた

2018年12月14日 17:41

558 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/13(木) 19:20:15.18 ID:4rbL4FzT
天文23年(1554)2月中旬、北条氏康は小田原より駿河へ馬を出された。先陣は松田尾張守(憲秀)・
北条常陸介(綱高)・笠原能登守・志水・大道寺を始めとして下方庄へ打ち入り、吉原・蒲原に陣を取った。

駿河の今川義元はその頃、尾張の敵が蜂起して三河まで発向しており、その敵と対陣しているため小田原勢に
向かい難かった。甲斐の武田晴信は義元の小舅なので、義元から頼まれて軍勢を引率し、富士川の端、加島の
柳島に陣を取った。小山田弥三郎・馬場民部(信房)を先陣として、大宮厚原辺りへ足軽が出合い、日々矢戦
に及んだ。同3月3日、氏康父子の出陣あって、浮島ヶ原に旗を立て給う。

(中略)

越智弾正が物見に出ると、甲斐勢より小田兵衛尉が弾正を目掛けて乗り寄せて、互いに名乗って槍を合わせて、
ついに小田を討った。すると敵の大勢が取り巻いてすでに弾正が危うく見えたところに、原美濃守(虎胤)が
これを見て敵の中に割って入り、馬上の敵2騎を討って落とした。美濃守のその日の装束は、紺糸の鎧に半月
の2間ほど両方へ出ている指物で、冑の真甲に“原美濃守平虎胤”と書き、太く逞しい駁の馬に乗り敵を追い
散らし、弾正を連れて味方の陣へ引き退いた。

武蔵国の住人・太田源六(康資)は筋金を入れている例の樫の棒で、甲斐勢の先駆けの武者を馬上から7,8
騎打ち落とした。その他馬の平首や太腹など、人馬を選ばず当たるを幸いに薙ぎ払った。敵は冑の真甲や脇骨
を微塵に打ち砕かれ、この勢いに恐れてあえて近付く者はいなかった。源六自身も馬を射られ歩行立ちとなり、
美濃守と一緒に引き退いた。

さてさて、この美濃守は下総国千葉の侍である。父・原能登守友胤は小弓御所の合戦の頃に下総より浪人し、
甲斐へ行って武田信虎に仕えて、数度高名を顕してついに討死した。その子・美濃守は父に劣らぬ大剛の者で
あったので、信虎は憐愍を加えて烏帽子子にして、虎胤と名付けられて数度の高名類無し。その虎胤は近年に
小田原に来たり、氏康に仕えて忠戦を励ました。

甲斐の軍兵は敵ながらも昔の朋輩なので、美濃守を見知って「我が討ち取らん!」と進んだ。中でも小山田勢
から武者5騎が虎胤を目掛け、「近藤右馬丞!」と名乗って近々と追っ掛けて来た武者がいた。虎胤はキッと
これを見て「優れた心ばえだな!」と近藤の冑の錣の端を峰打ちして首の骨を2打3打すると、近藤は馬から
ドッと落ちてしまった。

かの近藤が立ち上がらんとするところを、太田源六が取って返して「どれ目に物見せよう!」と棒を振り上げ
打たんとし、虎胤は立ち返って、「この者は私めが甲斐にいた時に目を掛けた者に候ぞや! 命を助け給え!」
と制止し、源六は同心して静かに味方へ引き入った。

こうしてこの者どもの(原・太田の?)手並みは知れた。寄せ合わせようともせず日は既に暮れて、甲斐勢も
流石に叶わないと思ったのか、合戦は明後日有無の勝負と極め、その日は互いに相引きに引き退いたのである。
この日の合戦で小田原勢2百3十余人が討たれ、甲斐勢も2百余騎が討ち取られた。

――『小田原北条記』



559 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/13(木) 20:19:38.02 ID:/uZzskCv
>>558
>源六は同心して静かに味方へ引き入った
かっこいい…。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    脳筋的なキャラ付けの太田さんだけどここでは随分クールだな…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    >>人馬を選ばず当たるを幸いに薙ぎ払った。敵は冑の真甲や脇骨を微塵に打ち砕かれ、
    >>この勢いに恐れてあえて近付く者はいなかった
    ひえぇぇぇ、これ現代人が直視したら絶対トラウマもん間違いなしだわ

    >>近藤の冑の錣の端を峰打ちして首の骨を2打3打すると、近藤は馬から
    >>ドッと落ちてしまった。
    それに引き換え痛々しい状況には間違いないのに、この差に感動すら覚えたわw

  3. 人間七七四年 | URL | -

    小太郎「兵衛尉がやられたようだな…」
    氏治「フン、やつは我らの中でも一番の小物」
    天庵「越智弾正にやられるとは一族の面汚しよ」
    菅えもん「なにを独り言つぶやいてるんですか、はやく戦備えしないと次はウチにくるかもしれませんよ」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >筋金を入れている例の樫の棒

    (`・ω・´)「!」
    光安「帰りますよ」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    千葉県民「第一次国府台合戦の主役と第二次国府台合戦の主役が、全く関係ない場所で違う陣営でニアミスしとる」

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