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池田長吉と犬狩

2018年12月30日 16:39

553 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/30(日) 15:01:21.19 ID:QgRtDTK3
池田長吉と犬狩


慶長8年、池田備中守殿(長吉)は犬狩を行った。
巨濃郡湯山(現・鳥取市)の砂漠(海浜)の四方を海の方は開けて一辺五町で囲い
犬が通れないように、竹の菱垣を縛って催すことにした。
家中でお触れがあり、家臣の面々は日頃嗜んでいる武具を締め、馬を持つ者は
馬具を鮮やかに飾り、馬を持たぬ端侍は歩立になり弓槍を持って美を争い出立した。
その日になると、城下領内の者はもちろん国中遠里深山の者まで聞き及んだ者は
稀代の物見と思って、老若貴賤男女の区別なく竹垣の外に立ち並んでいた。
長吉公は高櫓を架けて、そこから見物していた。

飼い置かれていた数百匹の犬どもを少しずつ放し、かけ声をあげ追い立てると
群衆に恐れをなして、あちらこちらに逃げていった。
犬に当てようと矢比を測り馬を駆け回し、矢叫の声をあげて犬を射ると
当たって倒れる犬もいれば、当たらず逃げる犬もいた。
馬の逸足で追いつかれて、手元で矢に当たり倒れた犬もいた。
槍持ちに追いかけられ、槍で刺される犬もいた。
犬どもはあまりに追い回されるので、逃げる所がなくなり海へ逃げ込み泳いでいた。

備州公(長吉)は侍の立ち回りや弓槍の良し悪しを書き留めていた。
武者の駆け引きを試していたので、この場に出た侍たちは好機であった。
終日の騎射の面白さに諸人は心を慰めて目を覚ましたので、日が暮れて晩になり
太守(長吉)が帰城したところで見物人も退散した。
三日間の犬狩の間、諸人が行き交うのは言語を絶する壮観だったという。
長吉公が珍しき遊覧を行い諸人の目を驚かしたのは、ひとえに武道調練の嗜みを
家中の者に稽古させるためであると伝わっている。


――『因幡民談』
もうすぐ戌年も終わるので……。



554 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/30(日) 15:40:05.75 ID:99p8w06u
>>553
一般大衆の娯楽でもあったのか、ワンチャンカワイソスと思うのは現代人のおごりかなぁ~
>飼い置かれていた数百匹の犬ども
世話してた人、情が移ってそう

555 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/30(日) 17:04:00.85 ID:EJ7XcMUV
美味しくいただきました!

556 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/31(月) 13:47:07.49 ID:aukyqnVg
>飼い置かれていた数百匹の犬ども

太田三楽斎「(∪^ω^)」

557 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/31(月) 14:49:19.90 ID:abDIRCtt
数百匹って凄いね、金かかって大変だろう
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    野犬駆除かと思ったのに準備した犬を狩るのか…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    当時と今で教育や道徳、倫理観が違うのは重々理解してるけど… 巻狩りも似たような物と言えばそうだけど…
    なんかモヤモヤするわね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    鬼武蔵「犬を殺すなんてかわいそう」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    綱吉「俺が守護らねばならぬ」

  5. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    人を使わないだけマシという気もする。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    まあ犬追物が廃れたのも、犬を用意するのが大変なのと、なにより犬が可哀想というのが理由だし、
    中世人もあんまりいい気はしなかったんだろうね。
    でも犬追物やらなくなった一番の理由は、下手うって落馬して怪我する奴ばっかりになって、めちゃ危ないからなんだけどね!

  7. 人間七七四年 | URL | -

    なお近世江戸では犬を食い尽くす模様

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