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たのしみに 命にかへて何かあらん

2019年01月13日 17:41

631 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/01/12(土) 14:14:41.48 ID:51sqmfoq
大橋龍慶は河内の誉田の者で、片桐且元に仕え、右筆を務めていた。
豊臣秀頼が暴発しないようにと且元が考えている間に、大阪の陣が起こった。
その後大橋は、且元の息子である片桐出雲守(孝利)を頼って江戸へ下り、また故郷に帰るとして
三島まで上ったところで、且元弟の片桐主膳正(貞隆)に会い、主膳正が連れて江戸に戻り、
大炊殿(土井利勝)に近づき、そこから幕府に召し出され、高田に屋敷を与えられ知行五百石を
拝領し、法印に任じられた。

彼は徳川家光が心安く召仕い、踊り歌などを作ること上手で、家光がこの大橋の屋敷へ渡御された
事もあった。家光の日光還御の時、岩槻に一宿された日、先に帰ったため御意を違えたという。

彼が家光より拝領した茶入は、谷出羽守(衛友)の遺物で、有明というものであった。家光は
これを下した時、その名を「命」と変えた。これについて小堀遠州に歌を詠むよう仰せ付けた。
遠州はこのように詠んだ

 たのしみに 命にかへて何かあらん
       なからへて見し有明の月

(武功雑記)



632 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/01/12(土) 17:33:08.06 ID:Nr1GgLBJ
有明が谷家から幕府へ渡った経緯は悪い話
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    ↑一体何の呪文かと思ったらロシア語かwしかも広告

    >>先に帰ったため御意を違えたという。
    つまり「お前俺より先に帰ったからクビね」って事かな?
    (一応調べると寛永10年に右筆を辞めたと書いてあるけど)

  2. 人間七七四年 | URL | -

    >その名を「命」と変えた。これについて小堀遠州に歌を詠むよう仰せ付けた。
    >遠州はこのように詠んだ

    > たのしみに 命にかへて何かあらん
    >       なからへて見し有明の月

    この歌、どう解釈するのでしょうか
    前の句だけだと

    「面白おかしく、『命』に銘を変えて、どうしたことでしょうか」

     って家光の主命をおちょくっているようにみえて自分の読みに自身がないんですが

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    浮世の楽しみに命と引き換えにするようなものなどありましょうか。
    生きながらえて有明の月を眺める方がよほどよい。

    というのはいかがでしょう。

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