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柴田勝家自害

2019年02月13日 17:48

739 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/02/13(水) 00:14:41.65 ID:WTqP41ZB
柴田勝家自害の時)

勝家の家城である北ノ庄に前田又左衛門殿(利家)は真っ先に着かれた。城と寄り口との間に川一つあり。
その川に橋があって“北ノ庄の石橋”と申すはこれなり。

10間ほどの桁行短い淀みの橋があったが、これを渡らずに西の地に“愛宕山”という山があって、又左衛
門殿はその山に陣を取りなされた。そこに御旗本の先手の御人数が早くも到着した。

又左衛門殿の下知により、川端に又左衛門殿の手勢の人数が立てられた。橋口を又左衛門殿は心掛けられ
て一番に渡ろうと思われたのか、先手の御人数さえも橋口を渡らずに、主の手回りだけの人数で橋口を固
められて、又左衛門殿自身はまた愛宕山へ登って待ちなさった。

そこへ秀吉が早くも愛宕山に登りなされた。秀吉の仰せには「軍兵どもは腰兵糧を使え」とのことで、御
使番衆を所々に差し遣されて又左衛門殿へ仰せになり、「城を持ち固める前に攻め入ろう」と御談合なさ
れたところで、北ノ庄城は天守から焼け上がった。

後に城から出た者が申し上げたことによれば、勝家はとても叶わないと思われたということなのか、前述
に申し上げたように、天守へ鉄砲の薬を上げさせて二重に詰め置かれ、御前方(お市の方)やその他の片
を付けて勝家も自害なされたのだ。

勝家は燠掻きに火を入れて前述の時に上げ置きなさったのだが、腹を切ってその火を掛けなされたことよ
と見えて、二重の鉄砲の薬によって爆発すれば、天守の部材は四方八面に跳ね散らし、秀吉御陣取りの愛
宕山へは城から10町ほどもある所にまで、瓦などが虚空を跳ねて来たのである。

(おきかきに火を入右に被上置しか腹を切り其火をかけられたるよと見え二重の鉄炮の薬にてはね候へは
天しゆの引物とも四方八面にはねちらし秀吉御陣取の愛宕山へは城より十町程も御座候はん所にかはらな
とこくうにはねて来り候)

――『川角太閤記』


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    どうでもいいが愛宕山ってホント日本全国にあるよな
    虚空蔵山とかもだけど

  2. 人間七七四年 | URL | -

    実は勝家こそが爆死の元祖だったんだよ!

  3. 人間七七四年 | URL | -

    戦国時代で自爆したのって勝家・お市・松永久秀以外誰かいたっけ?
    ここのブログで一人か二人くらい逸話上がってた気がするけど名前思い出せない・・・

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >>自爆
    火薬を使って自爆による死去ってのは多分その辺りの人達しか居ないと思う。
    そもそも、火薬による自爆が松永が日本初と言われるくらいですし?
    戦国時代は火薬が普及してるから、結果的に爆発に巻き込まれたとかの死因
    が存在する可能性は捨てきれないですがね。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    一か月前に同じ川角太閤記が出典の話で上がってたけど、
    明智秀満が坂本城で自爆してますね。

    iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-11725.html

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    逸話としては確かに鉄砲の火薬を使った話しがあるのですが、
    普通に火を放っての火災と言うのが主流みたいですね

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