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中村はそれに逢迎

2019年03月07日 16:52

771 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/07(木) 11:44:19.44 ID:iijwI8SO
豊臣秀吉の朝鮮征伐の時、池田三左衛門輝政は、船奉行の中村九郎兵衛に命じて、兵粮を
肥前名護屋に送らせた。中村は名護屋へ出港する前に、提灯2,300,太鼓3,40を買った。
そして船を出し間もなく名護屋という時、時刻は巳の刻(午前10時頃)で潮の状態も良かったにも
かかわらず、玄界灘の島に船を止めわざと日の沈むのを待ち、亥の刻(午後10時頃)になって
船を漕ぎ入れた。この時、船の周りに取り付けた2,300の提灯に火を灯し、3,40の太鼓を
一斉に敲くと、火の光は海面に映り、太鼓の音は城の上にまで響いた。

秀吉は使いを遣わして何事かと問わせた所、「輝政家来中村九郎兵衛、兵粮を漕するの船なり」と答えた。
秀吉という人は素より華美を好み、中村はそれに逢迎(こびへつらうこと)して、甚だ秀吉の心に叶った。
その後秀吉は中村を朝鮮に渡海させたが、彼が朝鮮に至った頃には既に和平が成立していた。しかし
日本軍の兵粮は盡きかけており、諸将は大いに喜んだ。

(武将感状記)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これは媚というより戦国武士の「目立ってナンボ」的価値観の延長線上のような気が。
    自分は目立てるし上司は気分がいいし現地では喜ばれて万々歳じゃない。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    まー演出家の才能はあるんじゃないスかねw

  3. 人間七七四年 | URL | -

    逢迎の語を使ってる著者からすると悪い話扱いだろうけどいい話に見えるわ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    これ同じ出展で既出じゃなかったっけ
    そっちは媚びの功でも有意義と記述が続いてたような

  5. 人間七七四年 | URL | -

    こう言う話しを聞くと、若手芸人に通じる部分を感じる。
    最初は中々芽が出ない・目だってなんぼ・一発当てたらそこから駆け上がるか、それとも破滅か。

    でもこれ、時刻的に他の武将達は寝てるだろうから大迷惑だよね?

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