173 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/02/02(月) 17:51:40 ID:jHcr0HH1
武田信玄の家臣に、原昌俊という武将がいた。
この昌俊は、辺見某と言う家の娘を、嫁とした。
この辺見某は合戦に追われ、家にいることがまれで、また、その妻も早くに死別し、
娘は屋敷で一人、さびしく留守をすることが多かった。
その家は上条の地蔵堂のほとりにあった。
結婚をして、この娘は昌俊に、深く愛された。娘もまた妻として夫を深く愛し、
新たな、あたたかい家庭を得た事を喜んだ。
が、妻は間もなく病に倒れ、必死の看病も空しく、はかなくも世を去った。
昌俊の嘆きは例えようも無いほどであった。
妻は死ぬ前に、法成地の地蔵堂の方に向かって手を合わせ、どうか願いをかなえてください、と、
地蔵の寳号を唱えながら死んだ。
そこで昌俊は妻を法成寺の後ろに墓をつくって葬り、自身もまた、妻が後世に導いてもらえるようにと
地蔵菩薩に帰依し、祈った。
妻の死から、100日を経た夜半の事である。
杖をつき、水晶の数珠を身につけた80歳ほどの老僧が、昌俊の家の戸をたたいた。
何事かと尋ねると、老僧は言う、「おぬしの妻が生き返ったので、連れてきた。」
昌俊は大いに驚き見ると、僧に、ぐったりとしているが確かに生きている妻が抱えられていた。
僧は言う。「自分は法成寺の内に住む者だが、今宵、堂より出でてみれば、塚が崩れ、この人が
倒れておった。何者かと尋ねれば、原昌俊の妻だと言う。よってここに連れて来たのだ。
良く、養生させるように。」
そしてかき消すようにいなくなった。
後で確認をしてみると、確かに妻を埋めた塚は崩れていたと言う。
さて、蘇った妻は、最初は呆然として、記憶なども欠落していたようだが、昌俊が粥などあたえ
看病しているうち、七日ほどたつと元のように戻った。
ただ、明るい場所を嫌うようになった。
ともかくも、元の幸せな生活が戻ってきた。翌年には子が生まれた。そして3年がたった。
妻は涙を流しながら、昌俊に言った。
「私は、この世の者ではありません。
あなたともう一度だけでも過ごしたくて、上条の地蔵菩薩にお願いをし、3年の間だけ、この世に
戻ってくる事を許されました。
その時間はもう、尽きようとしています。
子を残していくのはつらいですが、私の塚は壊さないで、良く弔ってください。どうか、
私のことを、忘れないでください。」
そして、消えた。
後で彼女の塚を見ると、崩れていたというのは幻で、草が茫々として生い茂っていた。
人々は不思議な事と囁きあい、この事を聞いた信玄は、法成寺の地蔵堂を改修し、
昌俊の妻の菩提を弔った。
そして昌俊はこれ以後、新たに妻を持つ事はなかった。
彼女の残した子は、成長した後、原隼人を名乗り、武田にその人ありと
天下に名を響かせることになる。
174 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 17:58:57 ID:DRv82boq
>>173
不思議だけどいい話だね…
175 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 18:13:41 ID:7vH3iFz1
>>173
さすが人馬の見立ては隼人祐
晴明ばりの異能の者であったか
武田信玄の家臣に、原昌俊という武将がいた。
この昌俊は、辺見某と言う家の娘を、嫁とした。
この辺見某は合戦に追われ、家にいることがまれで、また、その妻も早くに死別し、
娘は屋敷で一人、さびしく留守をすることが多かった。
その家は上条の地蔵堂のほとりにあった。
結婚をして、この娘は昌俊に、深く愛された。娘もまた妻として夫を深く愛し、
新たな、あたたかい家庭を得た事を喜んだ。
が、妻は間もなく病に倒れ、必死の看病も空しく、はかなくも世を去った。
昌俊の嘆きは例えようも無いほどであった。
妻は死ぬ前に、法成地の地蔵堂の方に向かって手を合わせ、どうか願いをかなえてください、と、
地蔵の寳号を唱えながら死んだ。
そこで昌俊は妻を法成寺の後ろに墓をつくって葬り、自身もまた、妻が後世に導いてもらえるようにと
地蔵菩薩に帰依し、祈った。
妻の死から、100日を経た夜半の事である。
杖をつき、水晶の数珠を身につけた80歳ほどの老僧が、昌俊の家の戸をたたいた。
何事かと尋ねると、老僧は言う、「おぬしの妻が生き返ったので、連れてきた。」
昌俊は大いに驚き見ると、僧に、ぐったりとしているが確かに生きている妻が抱えられていた。
僧は言う。「自分は法成寺の内に住む者だが、今宵、堂より出でてみれば、塚が崩れ、この人が
倒れておった。何者かと尋ねれば、原昌俊の妻だと言う。よってここに連れて来たのだ。
良く、養生させるように。」
そしてかき消すようにいなくなった。
後で確認をしてみると、確かに妻を埋めた塚は崩れていたと言う。
さて、蘇った妻は、最初は呆然として、記憶なども欠落していたようだが、昌俊が粥などあたえ
看病しているうち、七日ほどたつと元のように戻った。
ただ、明るい場所を嫌うようになった。
ともかくも、元の幸せな生活が戻ってきた。翌年には子が生まれた。そして3年がたった。
妻は涙を流しながら、昌俊に言った。
「私は、この世の者ではありません。
あなたともう一度だけでも過ごしたくて、上条の地蔵菩薩にお願いをし、3年の間だけ、この世に
戻ってくる事を許されました。
その時間はもう、尽きようとしています。
子を残していくのはつらいですが、私の塚は壊さないで、良く弔ってください。どうか、
私のことを、忘れないでください。」
そして、消えた。
後で彼女の塚を見ると、崩れていたというのは幻で、草が茫々として生い茂っていた。
人々は不思議な事と囁きあい、この事を聞いた信玄は、法成寺の地蔵堂を改修し、
昌俊の妻の菩提を弔った。
そして昌俊はこれ以後、新たに妻を持つ事はなかった。
彼女の残した子は、成長した後、原隼人を名乗り、武田にその人ありと
天下に名を響かせることになる。
174 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 17:58:57 ID:DRv82boq
>>173
不思議だけどいい話だね…
175 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 18:13:41 ID:7vH3iFz1
>>173
さすが人馬の見立ては隼人祐
晴明ばりの異能の者であったか
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