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老人雑話序

2019年03月30日 21:20

757 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/30(土) 19:39:31.63 ID:o28Hmy2/
老人雑話序

読書友古と、まことなるかな。書は万代の宝、温故知新なれば昔語りを珍しと思えばなり。ここに我が曽祖父の
倚松庵先生(江村専斎)は永禄8年(1565)乙丑に生まれ、寛文4年(1664)甲辰季夏下6日に没す。

齢すでに100歳に満ち、その初め加藤肥州(清正)に仕え、その後に森作州(忠政)に遊事す。医術をもって
京師に居住した。まことに奇代の長寿なりとして、後水尾上皇は勅して御杖を賜ったという(原注:その時の歌
ならびに辞世の歌を子孫に伝える)。

されば、老人の雑話を伊藤宗恕(担庵)が書き留めなされた一冊あり。その書を見れば老人に対話する心地して
閑居の友となり、古人を追慕するのみなり。宗恕は齢80歳余り。老人の孫婿の坂口法眼立益がこれを繕写す。
今年米寿なり。寿を世々に伝ふるにあらずや。私はまたこれを書して、古人の言葉を賞するのみ。

正徳3癸巳年(1713)暮春望日       武陽 滄洲題


老人雑話 乾の巻

老人は江村専斎なり。諱は宗具。医術を生業とす。初め加藤肥牧に仕え、後に森作牧に仕える。永禄8年、光源
院殿(足利義輝)乱の年に生まれ、寛文4年9月に没す。満100歳なり。


公方の霊陽院殿(足利義昭)が信長に敵対し、京がことごとく焼亡したのは老人9歳の時である。それより以後
の事は大方記憶していると老人は語った。時に老人89歳なり。実に承応2年(1653)癸巳のことである。

――『老人雑話』



758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/30(土) 19:44:04.93 ID:FtSBVq2R
事件だらけの時代だし緊張感も段違いで記憶に残るんだな

759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/30(土) 23:54:32.10 ID:KGahKoGy
あの時代で100歳まで生きたのか
光h・・・じゃなかった天海の長寿説も信憑性が増すな。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    永倉新八の書いたやつがやたら詳細なのも納得

  2. 人間七七四年 | URL | -

    平成も平成で記憶に残ったよね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ディテールについての記憶違いはあっても「こんな事件があった」ってことは覚えてるんだろうなー

  4. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    ※2
    バブル崩壊とその後の景気低迷
    そして頻発する災害
    今上は不幸なお方だ
    余生は穏やかにならんことを願うのみ

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