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秀吉公、京都の様子御尋ねの事

2019年04月11日 17:07

789 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/11(木) 00:14:13.07 ID:6sGvaaat
秀吉公、京都の様子御尋ねの事

卯月(四月)下旬の頃、豊臣秀吉公は(前田)玄以法印を伏見に召して仰せに成った
「どうだろう、京都の町人は、渡世を豊かにおくっているだろうか、又は朝夕暮らしにくく、嘆く輩が
有るだろうか?」

「その事でございましたら、御本意のごとく、京の有様は殊の外、現在繁盛仕っているように見えます。
どう言うことかといえば、例年以上にこの春は、東西南北に花見遊山の人々が、野にも山にも
溢れるほどに見えます。女、童子、僧俗の区別なく、袖を連ね裾を並べて、この春の賑わいは、これまでにない
様子でございます。」

そう申し上げたのを秀吉は聞くと

「そうか、私からも横目を出して調べさせたが、彼らも玄以と同じように言っていた。
京都はこの春、いつも以上に遊山、見物人の人混みに溢れているという。ならば疑いない。

さて法印、心を静めて聞いてほしい。それは繁盛しているのではない、それどころか大いなる衰微の
基である。何故かと言えば、私が諸国の大名、小名にここかしこで大きな普請を宛て行い、昼夜急がせ、
事に暇なく、諸方より上下おりのぼりして立て込んでいる時は、様々な異形、異類の調え物を京都にて
拵えさせる。それ故に諸商売人たちは些かも暇がなく、夜を日に継いで上下は稼ぐ。このような時は
遊山、見物に出る隙がない。

現在はもはや、諸方の願いも大方成就し、現在は大名、小名たちには、日頃の苦しみから身を休めるため
暇を出してそれぞれ自領に滞在している。これによって京都の諸商売は、消費する相手が無いため仕事に
手を付けられず、このため暇であり、そのため彼方此方と見物に駆け巡っているのだろう。
このような状況が続けば、いよいよ京都は衰微するだろう。


このため何かを始めようと思うのだが、さしあたって大きな普請などを行う望みはない。そこで考えたのだが、
来年は醍醐の花見を催して、普段城中にばかり籠もる局たちを具して、醍醐の山で欝気を晴らそう、
それについて、大名、小名には、大阪、伏見より醍醐までの警護、又は道の途中を固めさせよう。
そしてこの役に出るほどの者は、上下を問わず着服その他身に付けるもの、新しく一様に綺羅に専念した
ものを身につけるよう言いつけよう。六月中には準備して、皆に来春の用意をするように広く知らせよ。」

そう仰せになり、治部少輔(石田三成)、長束大蔵(正家)、右衛門尉(増田長盛)、大谷刑部少輔(吉継)
等が、数日談合して「誰々はそこそこ」と、警護の割当を作成し方々へと回した。

秀吉の考え通り、この命令を承った人々は「これに過ぎたる晴れがましいことはない」と考え、
「多人数の衣類、その他入り用の物品は、今のうちに準備しなければ、俄には用意出来ない」と、
八月の初めより支度した。この諸大名による注文のため、京都の忙しさは言葉に出来ないほどであった。

そして醍醐の花見の時には、女房、局、端女に至るまで華麗なること言語に尽きず、諸大名の警護の
装いも、綺羅を尽くせること、何れも劣り勝りは見えなかった。
見物の者たちは里々宿々に充満し、秀吉公は、この者たちが心安く見物できるよう御制法あって、都鄙の
僧俗、男女、悉く無事に見物した。まことに前代未聞の見物であり、何がこれにしくであろうか。

この事をつくづく按ずるに、いかにも世を治め撫育する大将は、思慮格別なのだと見える。
京都はさておいても、畿内の賑わい、万民の助けが推し量られ、有難き事共である。

(室町殿物語)



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    こういう考え出来る秀吉 好き。
    けど部下に様子聞いてから「実はワシも調べてたんやけど」とか言い出すの 怖い

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    秀吉の経済感覚と怖さがまとめて感じられる逸話やね
    欲張りセットやわ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ケインジアンじゃないか、秀吉は

  4. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    京衆の景気対策としての花見という一面があったんか

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ノッブが散々やっとったやんけ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    京は江戸時代でも日本最大の工業都市で高級品の生産が盛んだったて事も有るからなあ。
    高級綿織物は西陣でしか生産されなかったから、(後には他の産地に技術が流出して生産される様になったが)大名がそういった織物手に入れるには京から調達するしか無かった訳で、だから江戸時代でも江戸の呉服屋は京にも買付の為の店設けていたとか。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    別段話しに出てこないだけで、何処の大名も部下の調べとまた別口の調べを行うなんてしてるのでは?
    少なくても戦国時代を生き抜いた人は、疑う事や別視点の用意を怠るとは思えないです。
    なんせ「武士の嘘は計略」なんて言葉があるくらいだし、ましてや天下人なら尚更だと思う。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    一番感心するべき点は調査の段階ではなく、
    企画の段階じゃないだろうか。
    人を動かすのは難しいけど、秀吉のすごいところは誰の発案でも企画を形にする事だと思う。

    五奉行の力によるところも大きいとは思うんだけど、秀吉の企画力をいい具合に継げたのは三成くらいなんだよなぁ、惜しいことに。

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