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老人雑話は忠興に厳しい

2019年04月15日 18:03

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/15(月) 15:52:31.57 ID:gYpH4/WZ
・小田原開陣の後、太閤が諸将を会して宣うには、「会津は関東八州の要地、優れた大将を置いて鎮めなけ
 ればならない地である。各々は遠慮なく所存を書き付けて見せよ」と言った(原注:今はそのような事を
 “入札”という。その頃は“かくし起請”という)。
 
 すると「細川越中守(忠興)が然るべき」という者が10人中8,9人であった。太閤は開き見て曰く、
 「汝らは愚昧も甚だしい。私が天下を容易く取ったのも道理である。この地は蒲生忠三郎(氏郷)でなけ
 れば、置くべき者なし」と言い、忠三郎を会津に置いた。

・額田と小牧は皆尾張の内なり。小牧は東、額田は西にある。太閤は額田に陣を取りなさった。常真(織田
 信雄)と大御所(徳川家康)は小牧におられた。
 
 この時、太閤方の先手は蒲生飛騨守(氏郷)と細川越中守なり。敵と相向かう時、額田の東2里ほどの二
 重堀という所で、越中守は飛騨守を捨てて敵に追い下ろされた。飛騨守は踏み止まって敵を防ぎ、太閤の
 陣へ敵は来なかったということである。

・細川越中守はついに戦功なし。一度信長死去の年に、「甲斐国の合戦で良き陣を張った」と太閤が褒美し
 たが、この一事のみという。

――『老人雑話』

老人雑話は忠興に厳しい



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    まぁ現代でもそうだけど、割と一事で当人の評価を決めつけられる事って多々有るよね。
    先の老人雑話の蒲生賢秀の評価なんかもそうだけど。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    なぜ氏郷の引き立て役に…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    老人雑話のひいきが蒲生氏郷だからなのか
    織田家の外様出身ながらも若くして重用されたという境遇
    10歳は離れていないから同じ世代と見なされたからか

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