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何人たるを問わずこれに対して善をなせ

2019年05月18日 17:15

930 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/05/18(土) 10:44:19.20 ID:OD/uMuQG
当住院(豊後府内)の布教長であるパードレ・フィゲイロは、(豊後)国内擾乱し、略奪も頻りに行われ
危険多い頃、病人のキリシタンの告白を聴くため出張したが、途中に異教徒が多数出てきて、
槍を取り剣を抜いて彼を罵り、

「豊後の大身達は国内に会堂、またパードレが無からんことを望み、これを発見すれば悉く殺すことに
決したが、もし我等に金銭を渡せばお前を免すべし」

と言った。パードレは少しも聞こえない風をしたため、彼らはパードレを襲い、付近の山の後ろにある
林中に連行して殺そうとする様子を見せた。或いは直ぐに殺すつもりだったのかもしれないが、
パードレは、もし林中に連れて行かれてはこの事は人に知られず、救いを受けることも出来ないと考え、
歩行することを拒み、路上に留まって、

「私を殺そうと欲するならここで殺せ、私は銀を所有しない。また前進することも欲しない。」

と言った。ここに於いて彼らは再び協議し、一人は「殺すべし」と言い、もう一人は「この者を生存させる
べきではない。斬首すべき」と言った。しかし最後の一人は「たとえ犬であってもこれを殺す前には熟議を
要する」と言った。同地の領主が付近の城に在り、彼らの処置にこの領主が憤ることを懸念し、領主に
事の次第を告げ、然るべき処置を尋ねることとした。

我等の主の摂理により、この領主は25年前、豊後の王(大友宗麟)が己を殺そうとした謀反(天文22年(1553)の
一萬田鑑相、宗像鑑久兄弟、服部右京亮による叛乱)に於いて、これを鎮定した宗麟により彼の父並びに
大身二人、およびその子女、家族を悉く殺すことを命じた時、我が住院に逃れてきてその生命を全うした
人であった。

彼は、パードレが庇ってくれたおかげで命を救われ、また最近に成りパードレ・フランシスコ・カブラルの尽力に
よって国王が彼の罪を赦した事を考え、
「このパードレに少しも害を加えてはならない」
と命じ、既に晩になっていたため、その邸に宿泊させ危険より救った。

このようにして彼は安全に府内へ帰ったが、『何人たるを問わずこれに対して善をなせ』という諺が真である
事を見たのである。

(1580年10月20日(天正8年9月12日)付、パードレ・ロレンソ・メシヤ書簡)


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