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見附石

2019年05月29日 18:24

952 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/05/29(水) 11:33:05.51 ID:uqZFEhdO
『雲根志』に曰く、山城国伏見の城は、永禄年中(原文ママ。文禄の間違いか)に秀吉公が築かれた。
この大手の門前に見附石という大石があり、その形は山のごとく、廻り2丈あまり、甚だ佳景の石であった。

しかしながらある時、この城に行幸があったが、御車が石につかえて入り難い事がわかった。
俄のことでどうにも出来ず、時の奉行達も大いに困り、これによって近隣の町人、百姓、石匠などを
急ぎ召し集めて、様々に評議され、結論として料金を出してこの石を取り捨てるという事になった。
そこで入札となったが、札を開いた所、その費用として百金、二百金、あるいは五百金などとあり、
これらは皆、石を割って撤去するという工夫であり、石匠を集めて割り取るという事であったが、
中に一人、わずか二十金にてこれを請け負うという札があり、その者に申し付けられた。

どんな工夫があるのかと諸人不思議に思っていた所、行幸のある五七日前に(35日前?)人夫10人
ばかりが鋤鍬を持ってきて、かの大石の前に大きな穴を彫り、その石を穴の中に落として埋めた。
その頃、この者の才覚を褒めないものは居なかったという。
この石は今も土中にあるそうだ(『余録』)

松平信綱が御城(江戸城)内にて石を取り除くのにこれと同じことをしたという伝説が有るが、事実だとしても
人の故知を用いたというわけでは無く、。おそらく自然と符合したのだろう。

(甲子夜話)



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