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逆に刀を抜きにくくするためではないか

2019年06月05日 18:06

976 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/06/05(水) 05:30:40.54 ID:A00DAIsm
伏見彦太夫

977 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/06/05(水) 05:36:08.37 ID:A00DAIsm
おっと、誤って途中送信
伏見彦太夫をggったらこんなのも出て来たわね。
小田原田宮流・居合道日誌
http://odawara-tamiya.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-f2c1.html


 太刀は刃を下にして佩き、刀は刃を上にして帯刀します。刃を上にして帯刀するのは抜き打ちしやすいからと、居合の稽古をはじめた当初先輩方から教わりました。
しかしです。稽古が進んでわかったのですが、柄に手をかけてから敵を打つまでの時間を考えたら、刃を下に帯刀しておいて逆袈裟に抜き打つほうが断然早い。
刃を上に帯刀するようになったのは抜き打ちしやすいからではなく別の理由があったのではないか、と小子は考えたのです。
大阪歴史博物館所蔵の「関ヶ原合戦図屏風」(通称津軽屏風)を見ますと、徳川家康をはじめ足軽にいたるまで全員が具足の腹帯に刃を下にして刀を差しています。
大事な戦ですから抜きにくく刀を差すわけがない。
この屏風からわかるのは戦国武士は刃が下のほうが抜きやすいと考えていたということ。ということは刃を上にして差すのは、居合の先輩方の言うこととは逆に刀を抜きにくくするためではないかと疑ったのです。
家康の配下に伏見彦太夫という武将がいました。
彼は三尺五寸の大太刀を佩いていまして、接近戦では刀身の長いほうが戦闘に有利と家康に説明していました。松平甚兵衛信直がこれをまねて大太刀を佩くと、家康は、家柄すぐれた者が軽薄な挙動をしてはならぬ。
今日の身なりは馬の口取りか槍持ちにしか見えない。どうみても大将には見えない。大将が進んで卑賤の者の身なりを真似るとはなにごとかときびしく叱った、という話があります。(以下略)

むしろこれは悪い話かな?

参照
薙ぐのではなく突くのが良い


978 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/05(水) 12:47:58.75 ID:6wmhzr00
そりゃ抜きやすい差し方してたら「こいつ抜き打ちしようとしてんのか?」って思われるからなw
収めてる状態は抜かれてる状態とは明確に違っていなければならんのだよ

979 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/05(水) 13:50:13.01 ID:o/rFtl08
吊り下げ式だとあちこちに当たって屋内での生活が不便だから刃を上にするようになったと聞いた

980 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/06/05(水) 13:58:13.14 ID:P9pXNNwO
>>978
>>977の略された後に書いてあるけど、ある意味平和になった時代の新たなエチケットみたいなものかねぇ。

981 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/05(水) 14:06:02.93 ID:6wmhzr00
しょっちゅう斬り合いが起こる世の中の方がそういう事は大事だと思うが

982 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/06/05(水) 14:26:16.20 ID:P9pXNNwO
>>981
家康の元和偃武以前も当然、色々有ったとは思うけど、明文化であったり厳格化していくのは徳川幕府開府以後じゃないかな?
信長が配下に茶の湯を推奨したのも礼法やマナー、コミニュケーションを学ばせる為とか聞き齧った覚えあるけど、中には実際に発狂して上司に斬りかかる例(堀秀政の部下)とかあるし…

985 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/06(木) 11:09:12.75 ID:d8YutnuM
>>979
鞘が割れて足を切る恐れがあるので上にすると聞いたなあ

986 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/06(木) 23:48:22.34 ID:Z73LzRSh
関ヶ原合戦図屏風では見栄えをよくするために当時は廃れてた大鎧着させてて
大鎧の刀の履き方は刃先が下なのでそこだけ当世流にするのも変だから下にした的な美術的嘘の可能性も

987 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/07(金) 07:57:46.02 ID:Y37lKTnG
絵面を考えて盛るのは今も昔もなんやね

996 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 10:33:52.10 ID:J0ioPPi1
刃を下にして差すのは甲冑を着た時の作法だゾ
鎧をつけたら腰のひねりが使えなくて、常寸の刀でも抜きにくくなるから
刃を下に差しておいて、上に抜き出すんだゾ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    刃を下にしてると馬上で抜く時馬切っちゃうからって説なかったっけ

  2. 人間七七四年 | URL | -

    >>1
    リンク先で触れられてたけど、

    それともう一つ。徳川家の剣術は柳生新陰流ですが、伝書の図を見ると、新陰流では刃を下にして帯に差します。もしかすると、刃を下にして刀を差すのは将軍家に限ったのかもしれません。将軍が帯刀するのは乗馬のときだけでしょ。乗馬の際、将軍は刃を下にして帯刀します。「刃を下にして刀を差すとは、その方、天下を狙うのか、そこに直れ!」バサッ!そんなことはないか。


    うーん?どうかな?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    長可「斬ろうと思った時にはすでに首が宙に舞っている。刃の向きなどは些事に過ぎぬ」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    鞘走りに鞘割れ
    武士は誰もが鞘と戦っている

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6683.html
    この話を思い出したんだけど、刃が下だったのかそれとも上向きで先端の尖った部分で傷つけたのか

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >>5
    リンク先の逸話見ると、戦国武士はいつも心は男子高校生だったんやなあって

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