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上杉家ノ喫煙ニ関スル令

2019年06月07日 16:27

129 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/07(金) 15:24:46.72 ID:RXHWoMb5
  上杉家ノ喫煙ニ関スル令

『上杉年譜』

  掟

 (上略)

一、煙草を吸うことは病人と老人は構わない。下々の寄り集まる所でみだりに吸うことは無用
  とせよ。たとえ老人や病人であっても、海道、あるいは主人の供を仕っての門庭において
  吸うことは一切止めること。
 (タバコ、病者老人ハ不苦、下々寄合猥呑候儀、用捨アルベシ、縦老人病者タリトモ、海道、
  或主人ノ供仕、門庭ニ於テ呑事、一切停止之事)
 (中略)


    慶長17年(1612)8月13日

(原注:全文は8月13日に景勝が法令を家臣に分配した条に収められている)


 『直江重光(兼続)書翰留』

  このところ乏しい時分に一段の煙草90枚を御意に懸けられましたことで、とりわけての
  祝着をされました。この類は気にかかることなので、もしもその辺り重ねての到来もあれ
  ば御意に懸けられますように。それではまたの機会に。恐々謹言。
 (爰元払底之時分、一段之たはこ九十枚、被懸御意、別而令祝著候、此類気合ニ相当候条、
  自然其辺重而も到来候者、可被懸御意候、猶期後音候、恐々謹言)

    7月26日

       須右様 まいる

 (原注:本文は略す)

  追って煙草その他御法度の様子を、懇ろに尋ねて申し付けるように。
 (追而、たはこ其外御法度之様子、懇ニ相尋可申付事)
  
    9月14日

       千坂伊豆守殿
  
――『大日本史料』

※7日前→一季居、耶蘇教、負傷者、煙草、屠牛ニ関スル禁令五ヶ條


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    受動喫煙のルールがあってマナーがいいな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    下々寄合云々は、人が多い所で吸うなじゃなくて大勢で集まって吸うな(邪魔だから)って事じゃないか。
    あと、この時代は煙草は薬扱いだから受動喫煙=害と考えていた可能性は低いだろう。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    煙草は薬扱いとは言うけど、自分の意思で無いのに煙を吸わされる受動喫煙を嫌う当時の人間もいたんじゃないかな?
    だからこそこういうルール・マナーみたいなのが作られたとも考えられるし。

  4. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    嗜好品で贅沢品、なおかつ火災を引き起こすから出されたんじゃないのかな?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    元和偃武以前の血の気の多い武士なら「煙い」は因縁付けるに十分な理由だと思うが
    少なくとも受動喫煙が原因の喧嘩は聞いたことないなあ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >>4
    家康存命の頃から、火事や奢侈禁止の為に度々煙草禁止令は出ていたようだ。なおあまり守られてはいなかった模様。
    >>5
    高価な品故にあまり普及してなかったんだろうね。とは言え、吸う人が少ない故の規制でもあったのかも?↓あまりに内容がくどい気がするし…

    (タバコ、病者老人ハ不苦、下々寄合猥呑候儀、用捨アルベシ、縦老人病者タリトモ、海道、
      或主人ノ供仕、門庭ニ於テ呑事、一切停止之事)


  7. 人間七七四年 | URL | -

    キセルやってみりゃわかるが、紙巻とキセルは煙の量も匂いも全然違う。
    キセルは線香一本ぐらいの煙で、吸ってる人間の口からは僅かに煙が出る程度。
    紙巻の匂いは9割以上巻紙の燃える匂いで、香料すら使わない刻み煙草は抹香の匂いを弱めた感じ。
    快不快は個人の感覚次第だけど、隣でキセル吸われたから斬りつけるのは、戦国時代でもキティ扱いされると思う。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    やっぱヤニ力スって他人の事考えねーんだなぁ

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※7殿
    多分分量とか煙の性質の問題ではない部分だと思いますよ。それに同席者の身分にもよりますし。

    嫌煙家として有名なのが尾張義直公ですね。また、当時のタバコは現代のタバコと違ってニコチンやタールが
    劇薬レベル。※6殿も書いてますが、慶長14年には徳川家が禁煙令だしてますね。
    各家によっても禁止令も出ています。
    江戸城内も全面禁煙。江戸の町は歩きタバコ厳禁。栽培も禁止されました。まぁ無駄だったけどw

  10. 人間七七四年 | URL | -

     江戸時代の幕臣で狂歌師、洒落本を多く世に出している大田南畝こと蜀山人は、その見聞随筆「一語一言」の中で、たばこのことを次のごとく記している。すなわち、たばこは異国から渡来した妖草だと決めつけ、たばこ好きは病人なりとし、さらに愛煙家の無作法を次のごとく厳しく非難している。
     例えば座席を汚すばかりでなく、火事の元になることに無関心で、吸わない人への配慮に欠け、煙をふきかけるなどの礼儀知らず、吸殻が食べる物に入っても気にしない無神経さ、いずれにしても自己中心の愚人というべしと糾弾している。また、受動喫煙害も巧妙な文体でまとめている。すなわち、南畝は中国呉の国の王妃西施の墓にたばこが生えた史実にちなんで、たばこのことを放火草あるいは傾国草との別名があるという。少し詳しく述べれば、西施の家が放火され逃げまわる人を見て喜んでいたとされ、また、西施の美貌に迷った呉王が王政を顧みなかったために国を減らされたことから、正に西施を傾国の王妃として2つの物語からたばこを放火草、傾国草と名付けたとのこと。さらに続けて南畝はたばこを太破己(己の身を滅ぼす)、太馬己たばこ(大ばか者)とさえ極言している。(以下略)

    tp://www.hiroshima.med.or.jp/kenmin/kinen/002196.html


    江戸中期にすらこんな事言われてるしなぁ。嫌煙家の一方的な言い分とは言え、煙管の時代からこれじゃあ、あまり擁護は出来ない気がする。
    吸う人個人個人の問題で1人で吸う分には良いんだろうけどね。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    禁煙推進で貼る訳じゃ無いけど、煙草の歴史でちょっと面白かったので…
    煙草もJTのプルーム・テックくらい臭わなければまだ良いと思うんだけどね…

    江戸時代におけるたばこ (1)禁煙令
    tp://www.hiroshima.med.or.jp/kenmin/kinen/002137.html
    江戸時代におけるたばこ (2)好煙家の出現
    tp://www.hiroshima.med.or.jp/kenmin/kinen/002163.html
    江戸時代におけるたばこ (5)女性とたばこ
    tp://www.hiroshima.med.or.jp/kenmin/kinen/002219.html

  12. 人間七七四年 | URL | -

    別に喫煙の害が早くから認識されていたことを否定するつもりはないよ。
    ただ、この禁令では病者老人は苦しからずって書いてあるから、健康被害が理由じゃないでしょってこと。
    蜀山人のは一話一言のことかな?
    それなら巻十五に引用元の文があるが、最後に「これら二十余条は筆者不詳の随筆から抄出した」って書いてあるから蜀山人自身の文じゃない。一話一言には、他に愛煙家、嫌煙家の詩が三つくらい載せてあるから、昔から愛煙家・嫌煙家が馬鹿な喧嘩をしていて蜀山人が興味を持っていたことは確かだが、彼自身がどっちだったかは分からない。
    キセルに関しては、同じ単語も時代が異なれば異なるものを指しうるから、安易に同じと考えるのは歴史理解の陥穽になるってだけ。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    >>12
    >>10の略された部分を貼ります。

     引き続いて彼はたばこと手が切れない業深い者(現代版依存症)は、せめて周囲の迷惑を考えて守るべき事柄を追記している。まずはやたらと痰を吐かないこと、吸殻を不注意に捨てないこと、吸いながら協議などをしないこと、食事の席で吸わないこと、面前で煙管きせるの掃除をしないこと(特に私たちの世代では、当時のたばこ吸いが煙管の雁首をはずして煙管の中をしおりで掃除しており、その強いやにくささを経験している)などである。南畝は労咳(肺結核のこと)で死んだ人の埋葬地によくたばこの生えることから、労咳草ともいうとしているが、スモーカーが咳や痰を出す姿を実に見事に表現している。このように書いてくると南畝の厳しい嫌煙ぶりが窺われるが、奇妙なことにたばことたわむれる歌も詠んでいる。それは「奇煙草煙」と題して、「埋火のしたにさわらで和らかにいひよらむ言の葉たばこもがな」と詠んだり、「奇灰吹恋」と題したものも残されている。要するに、南畝は初めからの嫌煙論者とは思えず、吸煙の経験からその害を悟り、嫌煙を説いたというのが本音ではないかと思われるのである。


    喫煙経験から来るものではないかと推測されていますね。

    tp://www.hiroshima.med.or.jp/kenmin/kinen/002255.html

    あと、意図されている事とは違うかもしれませんが、こちらでは現代の紙巻きたばこと比べたキセルの長所?についても触れられていました。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    略されていた部分も筆者不詳の随筆の一部ですよ。引用されたサイトは誰かの著作の孫引きのようなので、その本が誤っているか、引用者が誤読したかですね。
    上でもちらっと書きましたが、一話一言巻四十一に「煙酒(煙は別体の火ヘンに因)」、巻四十二に「煙戒」があります。前者は林鵞峰の「煙酒を悪む文に戯れに答う」という煙草擁護の詩、後者は誰の作か判りませんが、「若い時は大の煙草嫌いだったが三十五の時吸って以来、すっかり魅了された。ある時翻然と悟ってやっとやめられた。吸ったことのない人はこれを戒めとして決して吸ってはならない」というもの。
    あくまで印象ですが、恐らく蜀山人は愛煙家で、煙草の害は重々承知の上でやめなかったか、やめられなかったかじゃないかと思います。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※9です。義直公は単なる間違いです。スマソです。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    健康増進法

    なる珍法を押し通したのは、
    日本史上に輝くカルト教団、がっかいさん。
    嫌煙が、似非科学でぎゃーぎゃー言うのは、
    お察し。

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