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快心老人の知・いい話

2009年02月04日 00:25

210 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/03(火) 12:41:25 ID:8T8VPisE
快心老人は見かけこそ愚鈍に見えましたが、かつては実直さで勇猛さを
評された武将でした。、主君と隣国の大将が戦した際、要の城を任され、
わずか五百の手勢で一万五千の大軍から城を死守しました。援軍に駆け
つけた主君はその時つけていた甲冑を下されました。その武功は老人に
とって今でも誇りです。

ある日、老人のもとを三男が訪れました。三男は言います。もは
や藩にはいられないと。三男は家督を継いだ若殿の信頼厚く、政
敵であった先代の右腕の追放に成功して藩の実権を握りました。
しかし、先年の大坂御陣で失態を犯して面目を失い、先日の若殿
の鷹狩りにも随行を許されませんでした。さらに、追放した政敵
が復帰し、居場所を失ったのでした。

暇乞いを若殿があっさり認めると、さらに長男と次男、三男と「大
の知音」という新参の本多までが藩を立ち退くと憤ります。快心老
人は叱りました。「人として子を愛さぬ者はいない。しかし、一人
の子や兄弟、友のために家臣としての節を曲げるべきではない。し
かもお前たちは万 石もの大封をいただいておるではないか」と。

この藩は家臣同士の権力争いが深刻で、快心老人もそのことを気に
かけていました。「三男はすでに君命もあり、速やかに立ち退きな
さい。その他の者は残りなさい。あとのことはわしに任せ、安心せ
よ」と説きました。

長男と次男、本多の三人は出奔を思いとどまりました。この三人の
家系は藩の家老を出す「八家」となります。快心老人が家中の深刻
な分裂を防いだのです。

快心老人はそれから九年後、静かに亡くなりました。かつては奥村
助右衛門永福と名乗り、主君・前田利家にとっての天下分け目・末
森合戦で奮戦した武将でした。




215 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/03(火) 14:27:45 ID:qJhSlWU7
>>210
最後まで主人公の名前をあかさない
構成がうまいな

221 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/03(火) 16:13:35 ID:FkrfuGDc
>>210
今日は節分だからな
永福は内に入り鬼武蔵は外にdグゲハッ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    まとめ管理人さん、ネタバレになってしまいますが、このエピソードも奥村助右衛門永福カテゴリーに加えてはいかがでしょう。
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-656.html

    (逸話の構成上、前田利家公カテゴリに留めておいた方がいいかもしれませんね.)

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