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とかく物事は、心がけ次第である

2019年07月31日 18:54

123 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/07/31(水) 12:06:23.70 ID:gc127j7C
私(久保長闇堂)が25,6歳の頃、奈良に秀吉公の馬廻衆が10人ばかり居られ、その内の5,6人は、
仲間内で毎日茶会を行われていた。そのうちに私も呼び出されるようになり、日々様々な遊興が有ったが、
茶湯も好まれ、廻り炭や廻り花(主客が次々に炭手前をする事と、花を入れていくこと)などで楽しんだ。

その頃、その馬廻衆の人々はみな真壺(唐物茶碗)を所持していた。壺がなければ濃茶は出来ないため、
私はそれまでずっと薄茶で口切をしていた。未だ呂宋から大量の茶壺が渡来する以前のことだった。
私は茶壺の無いことを無念に思い、借金をして27歳の時に方脱ぎの壺(肩の部分の釉薬に剥脱のある
唐物茶壺)を苦労して求めた。
するとこの事を馬廻衆の人々が殊勝なことであると感心され、銀子20匁づつを援助して下された。
殊の外の御恩と思ったものである。

今思うとあの人々は五千石、三千石を知行していて、千石以下の者は居なかったのだが、あの当時は
この程度のことをしてくれるという事も、世に無かった時代であった。あの頃は米一石が銀10匁だった。

その頃、祐春という道を知る数寄者がいて、私は再々往来していた。また私と同年の吉蔵という者も、
同じく祐春の元に出入りしていた。
吉蔵は親が裕福で良い茶室を持ち、人形手茶碗を持って茶会をしていると、祐春が称賛していた。
私はそれが気に入らず、無念に思っていたが、10年も経つうちに私も座敷を作り、茶壺を求めたため、
嬉しく思って祐春を呼び、茶湯をしてこのように言った

「あなたがかつて吉蔵の事を称賛していたのを、内心無念に思っていましたが、吉蔵は今ではもう
茶会をしなくなり、茶碗も使わなくなっています、とかく物事は、心がけ次第であると思います。」
これに祐春は言葉に詰まり、気味の良いことであった。吉蔵というのは医師の梅久の俗名である。

(長闇堂記)



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    20年来の趣味を持つ者として凄い共感を覚える
    昔からこういうのあるんだな…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    祐春「OH,嫉妬」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    なんかあんまり友達になりたくない人だなあ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    逆に「あんとき辞めずに続けてりゃなあ…」と思うこともある。
    人生ってそんなものだわな。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    後述の話がなかったら良い話で
    終わったのになぁ〜

  6. 人間七七四年 | URL | -

    そんなだから「長闇」なんだろう

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