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週刊ブログ拍手ランキング【10/10~/16】

2019年10月16日 15:13

10/10~/16のブログ拍手ランキングです!


太田三楽斎追放 12

大関高増の逆心 8

三楽斎の小田城乗っ取り 7
小西行長捕縛 6
臼井城攻防戦 6

小田城再乗っ取り 5
里見勝広の滅亡 4
里見騒動 3 


今週の1位はこちら!太田三楽斎追放です!
この太田三楽斎追放、実際には実子で親北条派の氏資によるクーデターの側面が強かったようですね。彼はこの時
異母弟の梶原政景やその母を幽閉しています。追放された父親のほうが長生きしたのも含めて、武田家を連想してしまいますね。
三楽斎も武田信虎に劣らぬアクの強い人物ですしw
岩槻の太田家は、氏資が三船山の戦いで討ち死にしたあと、北条氏政の三男北条国増丸がその娘を娶ってあとを継ぎ、
北条家に内包されます。このお話の中で北条側の謀略が強調されているのも、そういった結果があっての事でも有るのでしょう。
当時の関東国衆の不安定さもよくあらわした、そんな内容だと思いました。

2位はこちら!大関高増の逆心です!
いい悪いスレでは有名な大関高増が逆心に至る過程。ただまあ、この内容であれば当時的にはむしろ当然逆心おこすだろ、
という話ではありますねwそもそも当時の配下国衆は厳密な意味では家臣ではなく、内部的には独立していて、従う形であれ
同盟に近い存在であり、だからこそ那須家の頭越しに佐竹と連絡も取るわけですね。これが近世に入ると国衆も主家を頂点に
大名の家中組織に組み込まれ家臣化するわけで、その部分で戦国期と近世の意識の断絶は確かにあるな、と感じます。
大関氏の話は、戦国期、あるいは中世国衆の典型を表しても居るのだろう、そんな事も思わせてくれるお話ですね。

今週管理人が気になった逸話はこちら!里見勝広の滅亡です!
この里見勝広という人、もともと無位無官の浪人で、桐生助綱によって引き立てられるまで何をしていたかよくわからない
謎の人物でも有るのですね。安房里見の一族ということなのですがどこまで本当なのかw
このお話の中で奸臣とされる津布久、山越といった人々は、養子として桐生助綱の後を継いだ桐生親綱の実家である
佐野家より付き従った人々であり、その面から見ると新旧の当主側近の権力闘争であった、と見ることができるかも
しれません。結果として桐生親綱の時代に桐生家は滅亡し、そのため津布久、山越なども、桐生家の道を誤らせた奸臣と
記憶されたのでしょう。このあたり、里見勝広の最後も含めて、どこか甲斐武田家を連想させる気がします。
また当時の関東諸侯の関係の複雑さも考えさせてくれるお話だと思いました。


今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気になった逸話が有りましたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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