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週刊ブログ拍手ランキング【10/24~/30】

2019年10月30日 16:03

10/24~/30のブログ拍手ランキングです!


永正の錯乱 12

防戦一方の覚悟を以て望めば 6
翌年の四月十二日になって思い当たった 6

信長一味の家康が遠き輝虎を 5
沼尻の戦いのこと 5

この頃宇都宮の力が弱くなっていたため 4
由良国繁・長尾顕長兄弟幽閉 3



今週の1位はこちら!永正の錯乱です!
それまで、地方に比べると比較的安定していた畿内を一気に戦国騒乱になさしめた永正の錯乱についてのお話です。
魔法に惑溺し家中や政務を顧みない細川政元に、これを心配し、あるいは乗じて様々に動き出す家臣や周辺。
お家騒動の見本のような構図です。
細川政元といえば、戦国時代の到来を決定づけた明応の政変の首謀者とされ、にも関わらず政務に対しこのように無責任で
あることへの批判は昔からあり、逆に後になってその理由として魔法への惑溺が取り上げられたのかもしれません。
しかしながら昨今では、明応の政変を主導したのは日野富子と伊勢貞宗であり、細川政元は巻き込まれただけである、という
説も出され、そうであるとすれば、政元の体制に対するこの一見無責任な態度も理解できるかもしれません(京兆家という家に
本来存在する責任は別として。)
わりと一面的に捉えられがちな話なのですが、読み込むと様々な物が見えてくる、そんなお話だと思いました。

2位はこちら!防戦一方の覚悟を以て望めばです!
小田原の陣を控えての、北条氏政の言葉ですね。この言葉に関して、氏政の状況認識への批判というのは有ると思うのですが、
これはあくまで家臣たちの前での言葉であり、氏政でなくても大名であれば、誰であってもこういう言葉を発せざるを得ないと
思うのです。ここで弱気な発言をすれば、それこそ求心力が無くなり家中の統率もおぼつかなくなるでしょう。
実際、例えば徳川家康も、小牧長久手後、和睦交渉の不調で秀吉による再討伐の話が出た時、家臣団に似たようなことを言った
逸話が残っていますね。家康は運良く生き残った故にその発言も評価され、氏政は滅びた故にその発言は批判される。
正直それだけのことだとも思うのです。
そんな事を考えさせてくれた内容でした。

今週は同表でもう一つ!翌年の四月十二日になって思い当たったです!
こちらは武田信玄が、身延山を叡山にしようとしたというお話。信玄はどうも実際、こういう提案をしていたようで、これには
焼き討ちにあった比叡山関係者も、感謝しつつも戸惑った様子が伺えたりします。叡山のアイデンティティは京城鎮護なので、
ある意味近江のあの地にないと存在としておかしいわけでもありますからねw
また身延山久遠寺の方々もいい迷惑で、身延山が日蓮入滅の地であるからこそ、そこに有ることに意味があるわけで、
移動すること自体宗祖日蓮の法恩を損なう行為と批判されても仕方ありません。
まあ信玄としてはこれを期に宗教勢力のコントロールを強化し云々、なんて考えたく成ったりもしますが、結果として
信玄の死がこのことに対する仏罰、と捉えられているのが面白いですねw
仏法の守護者というイメージを持たれ、自身もそのように振る舞ったフシの有る信玄ですが、そういう人物であっても仏罰を
受けるという皮肉というか何というか、そういうものを感じさせる逸話だと思いました。


今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話を見つけたら、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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