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週刊ブログ拍手ランキング【11/07~/13】

2019年11月13日 17:24

11/07~/13のブログ拍手ランキングです!


小田原城、早川口攻めと豊臣秀吉 8

唐の頭に本多平八 8

公方である足利義稙公は、近江の六角殿を頼まれていた 7
石垣山一夜城 7

気遣いは分別のいろは 6
信玄公御一代敵合の作法三ヶ条 5
相手にすると恐ろしい者 4


今週の1位はこちら!小田原城、早川口攻めと豊臣秀吉です!
小田原城早川口攻めにおける秀吉の処置ですが、よくも悪くも戦に逸りやすい細川忠興を選んで煽るなど、秀吉の人を見る目の
面目躍如といった観があります。また家康信雄謀反の噂に、単身彼らの陣営に乗り込むこと、これも秀吉の得意技ですね。
有名なのは上洛した家康に、対面の前日その宿舎に乗り込んだ逸話ですが、前田利家や上杉景勝相手にも似たようなことを
やっており、朝鮮人儒者の書いた看羊録にも、秀吉がこういった事をやるという記事があるところを見ると、秀吉の側からこの手の
行為は積極的に宣伝されていたフシがあります。
秀吉による、様々な配下の操縦方法の一端を見ることの出来る逸話であるとも感じました。

今週は同票でもう一つ!唐の頭に本多平八です!
どうも一部では「唐の頭”の”本多平八」と受け取っている向きがあるらしく、つまり本多忠勝が唐の頭の兜をつけていた、としている
ようで、そういう発想がなかったので驚いたりしていますwこの甲陽軍鑑の記事でわかるように、忠勝はあくまであの有名な
鹿角の兜ですね。
この記事で「小身の家康に似合わない」としているように、唐の頭は非常に贅沢な装飾であると、当時考えられており、
三河勢がみんなこの唐の頭を付けていたというのは、それだけ戦場での装飾に金をかけていた、という事が見て取れます。
三河衆はやれケチだ吝嗇だと言われがちですが、その結果蓄えた金を何に使ったか、ここによく顯れていると思います。
当の家康自体、軍装もファッションも非常に派手な人ですね。再現された家康の服飾がいかに綺羅びやかなものであったかは、
福島雅子 著『徳川家康の服飾』で見ることが出来ますので、興味の有る方は是非読んでみてください。
若い頃の家康が、武田などから「なんか身代不相応の派手なやつ」と見られていた事が何となく察せられる。そんな逸話であると
思いました。

徳川家康の服飾
http://www.chukobi.co.jp/products/detail.php?product_id=756


今週管理人が気になった逸話はこちら!公方である足利義稙公は、近江の六角殿を頼まれていた です!
ここから定頼の時代が、近江六角氏の全盛期ともいえそうです。実質的に畿内の政治動向を主導し「武門の棟梁」とまで
評され、現在では事実上の「天下人」であったという評価もあります。これ以降、六角氏は基本的に親将軍路線を採るのですが、
永禄の変以降にそれが崩れた事が信長の上洛を促す事にもなり、よくも悪くも畿内東方のキーパーソンであったと言えるでしょう。
この時期の六角氏につては、村井祐樹 著『六角定頼 武門の棟梁、天下を平定す』が非常に詳しく、また内容的にも
興味深いものと成っております。こちらも興味の有る方は、是非読んでみてください!

『六角定頼 武門の棟梁、天下を平定す』
https://www.minervashobo.co.jp/book/b449986.html




今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気になった逸話をみつけたときは、そこの拍手ボタンを押してくださいね!
(/・ω・)/
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