352 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/11/18(月) 06:53:51.37 ID:D2HS3BAP
かつて加藤因幡守藤原清信という人が尾州犬山に住んでおり、彼は美濃斉藤家の幕下であった。
美濃斉藤家と尾張の織田家が犬山に於いて戦った時、この清信は討死した。彼には子息が一人あり、
鬼若と言って二歳であった。彼は母方に引き取られ、尾州愛知郡中村という所で成長し、後に
弾正右衛門兵衛(清忠カ)と号した。この弾正は三十八歳で死んだ。
弾正も一人の男子を遺した。この時三歳で、虎之助と名付けられた。母に育てられ、五歳までは
この中村に住した。また、後の太閤秀吉公の母公と虎之助の母は従姉妹であった。このため、虎之助の
母はこう考えた
「今、木下藤吉郎殿は近江の長浜にて五万貫の領地を知行され、稀なる出世を遂げられている。
この子がこのまま田舎で育っては。武士の作法も知り難い。ただただ、秀吉殿を頼み奉らん。」
そのように決心し、虎之助を召し連れて長浜に至り、秀吉公の母公に委細を申し入れたところ、
母公は殊の外歓迎し、両人共に藤吉郎殿の御目にかけ、母公のお傍にて養育された。
虎之助は十五歳の時、母にこのように言った
「私は御蔭を以てこのように成長しました。年齢は十五ですが、背も同年の者たちより高く、故に
前髪を落として元服し、奉公を勤めたいと思います。」
母はこれを聞くと「大人びたことを言うものかな。」と、藤吉郎殿へ細々と申し語ると、藤吉郎殿は
ひときわ機嫌を良くして「内々にあの者の眼差しを見るに、能く祖父である清信殿に似ておられると
思っていた。よろしい、前髪を落とさせよう。」
そう言って元服させ、加藤虎之助と名付けて、初めて百七十石の領地を給わり奉公の身となった。
その頃藤吉郎殿身内に、塚原小才次という兵法者があった。これは塚原卜伝の縁類の武士であった。
虎之助は彼に従い兵法修行をなした。
ある時、長浜の町人の家に、人を殺して立て籠もった者があった。このため町中は大いに騒ぎたったが、
虎之助はこの様子を聞きつけ、常々伝授の兵法はこの時の為であると思い、かの町人の家に走り行くと、
四方に大勢の人が集まっていた。この中を潜り入り、虎之助は狼藉者を打ち倒して縄を懸けた。
手傷は一箇所も無く、搦め捕ってその家から出た。
立て籠もった者は秀吉公の足軽で、市足久兵衛という者であった。
この首尾を秀吉公は聞かれ。「常々かの者は常の若者のようではなく。物の役にも立つだろうと
思っていたが、よくも仕ったものだ。」と仰せになり、二百石の加増が有って、木村大膳組の
小物見役に仰せ付けられ、虎之助は朝暮勤仕した。
(續撰清正記)
加藤清正の少年時代について。まあ清正の母が秀吉の母の従姉妹、というのは怪しいところではありますが。
353 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/11/18(月) 06:57:14.78 ID:XRmh7v0l
清正大河があるなら一話目に使える
かつて加藤因幡守藤原清信という人が尾州犬山に住んでおり、彼は美濃斉藤家の幕下であった。
美濃斉藤家と尾張の織田家が犬山に於いて戦った時、この清信は討死した。彼には子息が一人あり、
鬼若と言って二歳であった。彼は母方に引き取られ、尾州愛知郡中村という所で成長し、後に
弾正右衛門兵衛(清忠カ)と号した。この弾正は三十八歳で死んだ。
弾正も一人の男子を遺した。この時三歳で、虎之助と名付けられた。母に育てられ、五歳までは
この中村に住した。また、後の太閤秀吉公の母公と虎之助の母は従姉妹であった。このため、虎之助の
母はこう考えた
「今、木下藤吉郎殿は近江の長浜にて五万貫の領地を知行され、稀なる出世を遂げられている。
この子がこのまま田舎で育っては。武士の作法も知り難い。ただただ、秀吉殿を頼み奉らん。」
そのように決心し、虎之助を召し連れて長浜に至り、秀吉公の母公に委細を申し入れたところ、
母公は殊の外歓迎し、両人共に藤吉郎殿の御目にかけ、母公のお傍にて養育された。
虎之助は十五歳の時、母にこのように言った
「私は御蔭を以てこのように成長しました。年齢は十五ですが、背も同年の者たちより高く、故に
前髪を落として元服し、奉公を勤めたいと思います。」
母はこれを聞くと「大人びたことを言うものかな。」と、藤吉郎殿へ細々と申し語ると、藤吉郎殿は
ひときわ機嫌を良くして「内々にあの者の眼差しを見るに、能く祖父である清信殿に似ておられると
思っていた。よろしい、前髪を落とさせよう。」
そう言って元服させ、加藤虎之助と名付けて、初めて百七十石の領地を給わり奉公の身となった。
その頃藤吉郎殿身内に、塚原小才次という兵法者があった。これは塚原卜伝の縁類の武士であった。
虎之助は彼に従い兵法修行をなした。
ある時、長浜の町人の家に、人を殺して立て籠もった者があった。このため町中は大いに騒ぎたったが、
虎之助はこの様子を聞きつけ、常々伝授の兵法はこの時の為であると思い、かの町人の家に走り行くと、
四方に大勢の人が集まっていた。この中を潜り入り、虎之助は狼藉者を打ち倒して縄を懸けた。
手傷は一箇所も無く、搦め捕ってその家から出た。
立て籠もった者は秀吉公の足軽で、市足久兵衛という者であった。
この首尾を秀吉公は聞かれ。「常々かの者は常の若者のようではなく。物の役にも立つだろうと
思っていたが、よくも仕ったものだ。」と仰せになり、二百石の加増が有って、木村大膳組の
小物見役に仰せ付けられ、虎之助は朝暮勤仕した。
(續撰清正記)
加藤清正の少年時代について。まあ清正の母が秀吉の母の従姉妹、というのは怪しいところではありますが。
353 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/11/18(月) 06:57:14.78 ID:XRmh7v0l
清正大河があるなら一話目に使える
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コメント
人間七七四年 | URL | -
秀吉「そなたに姉か妹はおるかの」
清正「…」
( 2019年11月18日 19:54 )
人間七七四年 | URL | -
清正大河は某国が爆発四散しない限り実現せんやろ
( 2019年11月18日 21:16 )
人間七七四年 | URL | -
長政を子に持つ黒田官兵衛も大河化されたし、行けるんちゃう?
なおダイジェストの模様
( 2019年11月18日 21:28 )
人間七七四年 | URL | -
へうげものもアニメの続きやるとしても半島の下りまるまるカットだろうな
まあ話的にカットしても問題ないっちゃないけど
( 2019年11月18日 21:37 )
人間七七四年 | URL | -
※3
そこをダイジェストにしたら清正の人生ほとんど残んねぇ気がする
( 2019年11月18日 21:48 )
人間七七四年 | URL | -
へうげものは清正が皿をバリバリ喰うだけだからセーフやろ
( 2019年11月18日 22:13 )
人間七七四年 | URL | -
無理無理、真田丸で加藤清正役やった在日系の新井浩文さえ罠にハメられてアッサリ抹殺されたんだぞ。
元々真田丸の加藤清正は前代未聞の大悪党として書かれる予定だった。だから新井も仕事を受けたんだ。
ところが熊本震災が起きて清正は熊本の英雄って事で急遽善人設定に変更されたんだ
。
新井も今更配役を降りるワケにもいかず、そのままキレイな清正を演じきった。
そしたらアレよ。ハメたのが同胞の方々であるのは間違いない。
だがその後ネトウヨの方々が在日ザマーとか言いまくったんで、いつの間にか右翼にハメられた事になってる。
かの国で清正をイイ奴と書く事が如何にタブーなのか良く判った一件だっただろ。
( 2019年11月19日 12:36 )
人間七七四年 | URL | -
ええ…何かコメント欄が全般的に香ばしいな
熊本人としては今年、金栗四三が(一応)主人公になっちゃったから
最低でも向こう10年は熊本に縁のある人物の大河は無いと思っているよ
しかしよりによって『いだてん』だったのは何とも
大河なのに熊本でも殆ど語られていない存在感0に近いドラマなのが悲しい
( 2019年11月19日 17:14 )
人間七七四年 | URL | -
※7
そういうのいいから
( 2019年11月19日 19:12 )
人間七七四年 | URL | -
>>韋駄天
幾らオリンピックが近いからと云え、わざわざ大河枠でやるのが可笑しい内容だしね。
近代を大河でやっちゃそりゃ視聴率ガタ落ちでしょw
時代劇の大岡越前だってドラマ枠でやってるのに。
どっかの頭がアレなコメントする人は自主的に消えて欲しいな~
ここ数ヶ月内だけでもアレな人多過ぎじゃない?
( 2019年11月23日 05:12 )
人間七七四年 | URL | -
お前もな
( 2019年12月16日 04:23 )
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