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将至って剛きは則ち士必ず応じず

2020年01月31日 17:01

762 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/01/31(金) 03:24:15.61 ID:97HhbuUN
永禄三年三月上旬、越後の管領・輝虎入道謙信公は。近衛公(近衛前久)を大将とし、一万六千にて
北越を御進発され、北条氏康の旗下となっていた上州平井へ御馬を進められた。
上杉勢の先方は、荻谷太郎左衛門の木澤城を押さえ、小幡日向守の居城である高津に取り詰め、
一日の内に攻め破り、女童まで一人も残らず、千余人を斬り捨てにした。その足で直ぐに木澤城に
押し寄せ攻めようとすると、この勢いに堪らず、荻谷太郎左衛門は降参し人質を出して幕下となった。

太田三楽は三千余騎にて武州より駆け付け、先陣を給わり、上州の要害あるいは居城のうち、
味方に参らない者達を、一城も残さず三日の内に攻め破り、当年に生まれた幼児まで斬り捨てにした。
これによって、その聞こえは甚だしく、龍のように天に響き、関八州は申すに及ばず、北国、南海、
京上方までその勇鋭に怖れない者は無かった。

その威に伏し、小幡、大石、見田、白倉、忍、荻谷、藤田、長尾、三浦、岡崎、宗龍寺、那須、清黨の
上杉家の諸侯馳せ集まったため、二日の内に軍勢は七万余騎となった。これにより軍勢は平井の陣所から
あふれ、唐坂口まで充満した。

翌日より総軍を進め、太田三楽を魁首として小田原へ押し詰め、蓮池まで乱入した。そのような中、
所々で取り合いが有ったが、謙信は毎回二の手より駆け出し、初対面となる東国武士の心も知らず、
諸手へ乗り入れ兜も被らず、白き布にて頭を包み、朱の采幣を取って下知を成し、その人を虫とも思わぬ
振り廻しを見て、諸将は大いに恐れをなした。

「たとえ彼がいかなる良将であったとしても、この人を主と頼んでは、自分たちの首の斬られる事疑いない。」
(假令如何なる良将にてもおわせ此人を主と頼なハ首の切れん事無疑)

そう思って困り果てない者は居なかった。『将至って剛きは則ち士必ず応じず』という兵法の言葉は
この事なのであろう。

(松隣夜話)

上杉謙信が怖すぎて、関東武士のみなさん、却って謙信の下に付きたく無くなってしまったというお話。



763 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/01/31(金) 07:50:57.04 ID:2p182VAP
成田長泰が下馬しなかったから烏帽子打ち落とした話までは書いてないか

764 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/01/31(金) 22:38:35.43 ID:LRiK7arZ
そもそも不識庵が義の武将なんて嘘のイメージを作ったの誰なんだろうな

765 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/01/31(金) 23:48:48.17 ID:Q1L6WlMm
>>764
比較対象が信玄なら、謙信ですら義将になるってことかも…
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    項籍「ほう」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    サラっと殺戮が書かれている資正が霞む景虎の恐ろしさ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >上杉勢の先方は、荻谷太郎左衛門の木澤城を押さえ、小幡日向守の居城である高津に取り詰め、
    一日の内に攻め破り、女童まで一人も残らず、千余人を斬り捨てにした。

    >>2
    幼女でも構わず鏖殺しますって恐いよね

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >上杉勢の先方は、荻谷太郎左衛門の木澤城を押さえ、小幡日向守の居城である高津に取り詰め、
    一日の内に攻め破り、女童まで一人も残らず、千余人を斬り捨てにした。

    >>2
    幼女でも構わず鏖殺しますって恐いよね

  5.   | URL | -

    謙信は人売りの市を開いていた!何が義将だ!
    って言う人がいるけど
    鏖殺に比べたらマシなのか?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    「必ず応ず」の読み間違いかと思ったが本文読んで納得

  7. 人間七七四年 | URL | -

    >人を虫とも思わぬ

    虫未満!!

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