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週刊ブログ拍手ランキング【01/30~02/05】

2020年02月05日 14:15

01/30~02/05のブログ拍手ランキングです!


汝も今より武蔵と名を 12

『高遠の屋根ふき衆』 8

伝左衛門に小荷駄を預けたのは、某一代の不覚 7
将至って剛きは則ち士必ず応じず 7

永禄五年二月十三日、山根城(騎西城)合戦 6
【雑談】森蘭丸の蘭の字が 6

【雑談】森家の通称・幼名 5
穴山梅雪の使い 5
虎口に死を免れた心地にて 4


今週の1位はこちら!汝も今より武蔵と名をです!
いい悪いスレでは有名(?)な、森長可による瀬田の大橋乗打のお話ですね。「急いでいるから」の一点のみで信長の定めた決まりを
強引に破り信長のもとに駆けつける長可ですが、ともかくも筋は通しているのと、自身の命はいつでも捧げるという姿勢を見せる
事で信長からあっさり許されるだけでなく却って褒められています。この時点で既に何人か死んでいる所を見て、この時代の
兵卒の人命の安さというものを感じることも出来るでしょうw
実は信長はこういう、自分の兵卒が殺されても別に何とも思わない(むしろ殺された兵卒のほうが悪い)、という逸話がわりと
ありますね。甲州征伐ではこんなお話も伝わっています淡路守の倅
良くも悪くも、信長という人は味方の兵卒が多少死んだ程度では動じない人物という印象があったと言えるかも知れません。
それにしても、鬼武蔵だけでなく信長についても異様な空気感の在る逸話だなと、読むたびに思いますw

2位はこちら!『高遠の屋根ふき衆』です!
こちらも有名な、甲州征伐における鬼武蔵の活躍のお話ですが、面白いのは、現代的には相当、勇猛と言うか凶暴と言うか、
そういった印象がある、高遠城での屋根に登っての射撃ですが、こちらの記事が編纂された当時において「武田の兵に正面から
当たることから逃げて屋根に登ったのだ」という認識があった事ですね。つまり恥ずかしい行為であると。
もちろんこれも後世の倫理観に寄った印象に過ぎないわけで、同時代の評価を必ずしも反映しているわけでは無いのですが、
織田軍による高遠城攻めに関して、後世の武田旧臣、あるいは高遠地方の人々にはこのような感情が有ったのではないかと
想像すると、この戦いについてもまた別の感慨を持てるかも知れません。枠外にわざわざ記載する辺り、どうしても言って
おきたかったのでしょうねw

今週管理人が気になった逸話はこちら!永禄五年二月十三日、山根城(騎西城)合戦です!
これも一部では有名な上杉謙信による山根(騎西)城攻めのお話。自身の武威を示すというだけで、いい面の皮が何百何千いようと
構わないというあたり、確かに上杉謙信は稀有の英雄であると感じてしまいますねw
これの記された『松隣夜話』はおそらく江戸期に編纂された軍記で(成立年不明)、上杉謙信、太田資正を中心に関東の戦国を
描いています。で、ここでの謙信に対する描写は、決して彼の残酷さ、残忍さを強調したものではなく、むしろ謙信の称揚を目的と
したものと考えて良いと思われます。上にて森長可の高遠城攻めにおいて、屋根の上からの射撃が批判された例を紹介しましたが、
逆にこちらのように、たとえ現実的意味がほぼ全くなくても、真正面からの攻撃は讃えられたという事であり、評価の根は一つだと
感じます。
「正々堂々」を主とする「武士道」は、江戸期に広まった儒教により定義された道徳であると考えられがちだったのですが、昨今では
室町期には既に江戸期的武士道の原型が顕れており、戦国期はその武士道倫理がむしろ広まった時代であったと捉えられています。
そういった観点からこの逸話を読み直すと、武士道的な「正々堂々」の意味もなんとなく感じられるかも知れません。
そんな事を思った逸話でもありました。



今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話を見つけられたときには、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(/・ω・)/
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