688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/02/26(水) 03:13:31.93 ID:ZNrPeW1P
羽柴秀吉公が天下一統に治められた時、真田(昌幸)は秀吉に従った。これに対し徳川家康公は、
彼が後の禍を成すべき者と思われたのか、秀吉公にこのように仰せられた
「真田が息を本多中務(忠勝)の聟にしたいのです。」
秀吉公は「尤も然るべし」と仰せに成り、これによって家康公は真田方へ使節を以て
「その方の御息を本多中務の聟にしたい」
と仰せ遣わされた。ところが真田は使節に向かい
「そんな使いであるはずがない!使いの聞き誤りであろう。急ぎ帰ってこの旨を申されよ!」
と伝えた。これに対し使節はいよいよ「伝える内容はこの通りです。」と云ったのだが、
「いやそうではない」と受け付けようとせず、仕方なく使節は帰り、この事を報告した。
家康公は合点に及ばなかったので、これを秀吉公に御物語された。すると秀吉公の仰せには
「それは真田が尤もである。家康の誤りである。『中務が娘を養い置いているので(養女にしているので)、
某の聟に』とあらば承知するであろう。」と仰せになった。家康公も「御尤である。」として、この趣にて
再び仰せ遣わされた所、真田安房守も同心して、子息伊豆守信幸との祝言があった。
この時伊豆守は十八歳であった。
(眞田記)
実際には真田信之と小松姫の婚姻は、信幸二十三歳頃(天正十七年)だったようですね。
689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/02/26(水) 09:23:02.04 ID:2mY1Il8v
真田系の作品には必ずと行っていいほど出てくる有名なエピソードやね。
大名の嫡男の正室が他家の陪臣の娘ってなんじゃそりゃというのは、そのとおりだし。
690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/02/26(水) 15:23:12.51 ID:sue4eaxm
東国無双の娘なのにな
羽柴秀吉公が天下一統に治められた時、真田(昌幸)は秀吉に従った。これに対し徳川家康公は、
彼が後の禍を成すべき者と思われたのか、秀吉公にこのように仰せられた
「真田が息を本多中務(忠勝)の聟にしたいのです。」
秀吉公は「尤も然るべし」と仰せに成り、これによって家康公は真田方へ使節を以て
「その方の御息を本多中務の聟にしたい」
と仰せ遣わされた。ところが真田は使節に向かい
「そんな使いであるはずがない!使いの聞き誤りであろう。急ぎ帰ってこの旨を申されよ!」
と伝えた。これに対し使節はいよいよ「伝える内容はこの通りです。」と云ったのだが、
「いやそうではない」と受け付けようとせず、仕方なく使節は帰り、この事を報告した。
家康公は合点に及ばなかったので、これを秀吉公に御物語された。すると秀吉公の仰せには
「それは真田が尤もである。家康の誤りである。『中務が娘を養い置いているので(養女にしているので)、
某の聟に』とあらば承知するであろう。」と仰せになった。家康公も「御尤である。」として、この趣にて
再び仰せ遣わされた所、真田安房守も同心して、子息伊豆守信幸との祝言があった。
この時伊豆守は十八歳であった。
(眞田記)
実際には真田信之と小松姫の婚姻は、信幸二十三歳頃(天正十七年)だったようですね。
689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/02/26(水) 09:23:02.04 ID:2mY1Il8v
真田系の作品には必ずと行っていいほど出てくる有名なエピソードやね。
大名の嫡男の正室が他家の陪臣の娘ってなんじゃそりゃというのは、そのとおりだし。
690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/02/26(水) 15:23:12.51 ID:sue4eaxm
東国無双の娘なのにな
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コメント
名無しさん | URL | -
信幸「おによめコワイ。なんとかして断るわけにはまいりませぬか」
昌幸「しょうがないなあ…使者がやらかしたことにして帰ってもらうか」
信繁「さすがは父上」
( 2020年02月26日 18:50 )
人間七七四年 | URL | -
昌幸「本多の婿?うっおーっ!くっあーっ!ざけんなーっ!!結納金代わりに沼田よこせや」」
( 2020年02月26日 21:20 )
人間七七四年 | URL | -
これ、「婿に」を真田兄へ嫁をじゃなくて本多家へ真田兄をと勘違いしたんじゃw
yメガ来る話なら使者の勘違いとはしないだろうし
( 2020年02月26日 22:49 )
人間七七四年 | URL | -
真田兄の嫁に忠勝をと勘違いしたんでは? w
.....まさか
( 2020年02月27日 10:45 )
人間七七四年 | URL | -
秀吉はよく許可したね。
幸村の方を大谷娘と結ばせたけど、
普通なら秀吉も徳川の抑え役として、真田の婚姻は慎重に扱うでしょ。
( 2020年02月27日 11:57 )
人間七七四年 | URL | -
※5
つまり、秀吉は家康に対しては抑えを置く必要を感じてなくて、むしろ徳川と真田が円滑を欠く状態にあるのを嫌った、とも見えるな。
徳川家康は豊家政権にとって脅威ではなく、ともに大名統制を行う協力者、もっと言ったら片棒担いだ共犯者だったんじゃないかと最近は思ってる。
( 2020年02月27日 14:11 )
人間七七四年 | URL | -
庶流含め一門の少ない秀吉にとって家康は一族の重鎮の一人だしな
( 2020年02月27日 16:58 )
人間七七四年 | URL | -
※6
家康とは小牧長久手戦を終えた辺りだから、
上田合戦で痛い目見て、北条と徳川の領土確定出来なかった家康を懐柔したい要素もあったんだろうけど、
秀吉は結婚トラブルを放置して、家康に諦めさせる選択肢を取らなかったのかなと。
( 2020年02月27日 18:27 )
774@本舗 | URL | -
決して早くから完全に臣従したわけではないのに秀吉の真田への厚遇はやりすぎ感はある。
大勢力間のバランサーとして、ある程度の大きさが必要だと考えたのは確かなのだと思う。
( 2020年02月27日 19:50 )
人間七七四年 | URL | -
家康にしてみれば、本能寺後に空白になった甲斐信濃は全部自分の領土だから(※上野は北条領)、
真田を臣下として扱おうとし、
真田の上野領土を北条に引き渡させようとして真田に拒否された事から、上田合戦に至る。
だから家康が、真田は徳川の臣下であるから、徳川内の家来同士で結婚させようとした事は、家康としては筋の通った話。
でも真田は徳川の臣下になった覚えはないという立場(上田城の築城費は、徳川→上杉→秀吉と渡り歩いた時に、徳川から騙し盗ったけど)。
その辺りの背景を知らないと、ただ家康が抜けてただけの話になるよね。
秀吉が「大名同士の結婚にしないと、真田は納得しないよ」的な言動を貰った事は、
秀吉『真田は、お前の臣下じゃないからな!』と言われてるのと同じ。
家康「御尤も!(ぐぎぎぎ~っ)」だったんだろう。
関ヶ原後の処分でも、形式上“家康の娘と結婚信幸”だった事で、 忠勝らが真田の取り潰しを留められる事に繋がる。
徳川に忠誠を誓ってる娘婿を処分すると、その後の家来の信頼を毀損するから。
( 2020年02月27日 21:04 )
人間七七四年 | URL | -
まあ豊臣政権自体が深刻な人材不足で家康の協力なしにはうまく機能しないからな
加えて織田政権ではずっと協力し続けていて信用もできるし、実力も申し分ない 厚遇するのは当然かと
( 2020年02月29日 21:23 )
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