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細川父子の入部と丹後

2020年03月19日 17:07

926 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/19(木) 02:20:30.21 ID:5aU48FEL
細川藤孝・忠興父子が丹後に入国してくることが聞こえると、国中の侍たちは、隣城縁家もよりよりに通談した。

現在、つらつらと世の盛衰を考えてみると、元亀天正の頃は天下未だに半治半乱とは申せども、織田信長が天下を
知ろしめす事、掌を指す如き状況であり、その信長のほど近くに在る細川がこの国に来ること、皆信長の指示であると
考えるべきであろう。

であれば、恣に細川に楯突いて後難を招くよりも、早く和睦を以て細川に対面すべきか、
又は国中の各々が合わさって軍を催し、難所を前に細川勢に当たり防戦すべきか、
或いは所々の険城に国衆たちの大将が立て籠もり、細川の人数を所々へ引き分けて討つべきかと、
評議まちまちであった。

また、そうは言っても、親しき者は遠路を隔てており、近所の者は年来仇を結び、或いは煩わしい関係の者共であり、
この事遂に熟談せず、それぞれの心々になった。

ここに、与謝郡大島の城主・千賀兵太夫、日置むこ山の城主・日置弾正という者、両人語らい細川入部の迎えとして
普申峠の麓まで、互いに連騎いたしたが、日置弾正は隠れなき美男にて、衣装・馬鞍に至るまで、華麗な出で立ちで
あった。
一方の千賀兵太夫は元より貧にして、にくさけ男の違風者であり、衣服、馬具まで見苦しかった。
そこで日置弾正は千賀に対して戯言を言った

「初めて細川殿と会うべき身であるのに、そのような見苦しい装束があるだろうか。戻って肩衣に着替えてくるべきだ。」

これに千賀は大いに腹を立て、口論募り、喧嘩に至って両人即座に打ち果てた。家来も互いに斬り合って、
忽ちに死人七、八人に及んだ。

丹州三家物語



927 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/19(木) 20:45:52.59 ID:Zi+2cZjs
どうなるのかと読み進めたら、斜め上過ぎる結果になって驚愕です
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    細川親子もそんな報告聞いたところで???ってなるだけだわな
    まぁ内心面倒ごとが2つ同時に消えてラッキーとは思うだろうけど

  2. 人間七七四年 | URL | -

    あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
    「出迎えが二人来ると聞いていたが到着前に喧嘩して死んでいた」

    な… 何を言っているのか わからねーと思うが 
    おれも 何をされたのか わからなかった…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    この2人て普段は仲良かったのだろうか?
    一応相談して迎え出ようとなったから仲悪かったとは思えないが、中世人のよく有る命より名誉が出たのかなあ?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    多分、近所のもの同士は多年仇を結び、あるいは煩わしい関係にあったの例として挙げてるんではないかなあ。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    初めて細川殿と会うべき身であるのに、そのような見苦しい結果があるだろうか

  6. ※3 | URL | -

    ※4
    対立していたけど細川がやって来るから、このままだとどちらかが先に細川に臣従して相手滅ぼす事(両方共も有り得るが)に成りかねないので、共に細川に臣従しようとなったけど、不仲が解消された訳では無いから揶揄から争いになったて事ですかね?
    両家ともその後は当主失って一層相手に恨み有る状態ですけどどうなったんでしょうね。両家とも没落して争う事も出来なくなったでしょうか?

  7. ※4 | URL | -

    ※6
    多分そうだと思います。ただ、一般論を挙げてから具体例を出すっていう文章構成から推測してるだけで、日置家と千賀家については無知なので確証はないですが。
    両家とも細川に下ることは家中に通知してたでしょうから、主君がこうなった以上細川に臣従したんじゃないでしょうか。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    事実は小説より奇なりとは言うが、訳わからなすぎて細川親子も困惑したに違いない。

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