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【雑談】戦国期の陣形についてなど

2020年04月01日 17:22

833 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/30(月) 22:01:48.64 ID:PBzhLGVD
戦国の陣形って本読むとそういう物は無いって結論だな
大体は江戸の軍学者が作ったと

834 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/30(月) 23:16:05.37 ID:J9d4EoCh
軍の構成が大陸とまるで違うものねー
陣形みたいな複雑な集団行動とか西洋みたいな極度の密集隊形は難しいよねー

838 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/31(火) 07:55:09.70 ID:ydfJFf2z
>>834
中国やローマとかと違って日本はずっと私兵だから統一された動きとか無理

842 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/31(火) 19:04:16.00 ID:D7aB81MH
816なら陣形とか以前だろ

843 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/31(火) 21:30:06.58 ID:jX+DUKDi
陣形ってホントに効果あるのか、検証してほしい。
TVとかでやってくれないかな?

846 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 00:15:15.40 ID:lECHoJ//
あくまでも兵を率いる側の権力の強弱の話だから、どっちがいい悪いって話でもあるまいに

847 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 00:21:16.71 ID:Rv+ahvU4
中国では陣を動かすため、それを伝えるための部隊として楽隊や銅羅部隊があったんだよね
日本ではそれこそ狼煙や、あっても鏑矢ぐらいでないんか

槍隊突っ込めー、鉄砲放てー、とか乱戦で聞こえるわきゃない

849 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 05:54:53.75 ID:1iZoPyoa
螺貝

850 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 07:45:37.69 ID:jlBrT590
平地の少ない日本で陣形が発展するのかどうか

851 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 08:33:41.88 ID:oNHeyhKT
戦国末期でもなければ数百人規模の戦闘が多いんだから日本でも陣形組めると思うがな

852 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 08:47:08.44 ID:WNllrpZO
>>847
日本の場合は国土も狭いからあらかじめ指揮方法決めるより
伝令が重視されて大名直属の旗本馬廻から精鋭を集めて
母衣衆が結成されたりしたんだろうね
当時の書状も「詳しくは使者の指示に従え」が多いし

853 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 11:00:58.92 ID:3V7B2LZF
>>850
これよく誤解されてるんだけど、江戸時代以前の日本って平地だらけだからね
日本中にロクに農耕も居住もできずに放置されてる氾濫原や洪積台地がいっぱいあって
そういうところが合戦の舞台になったの

854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 11:04:54.06 ID:aE4+m7up
基本的に、山ははげ山だし、今の田園地帯は海か池か沼地。

855 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 11:07:38.66 ID:lECHoJ//
備えと陣形のメリットデメリット並べて、それが風土や指揮システムにあってるかどうか
ってのを見てった方がよさげか

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 12:12:54.22 ID:bif2ux+D
きっちり陣形を作って戦うには全体の意思統一と充分な訓練を受けた兵と将が必要。
戦国期の一般的な軍制では、小部隊では出来ても大軍になると必然的に寄せ集めになる気がする。武田や上杉なんかはそれが出来てたから強かったってイメージだけどね。

858 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 16:01:51.88 ID:oNHeyhKT
武田こそ国人衆の野合なんだから意思統一とかできるかいな

859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 16:28:24.71 ID:lECHoJ//
陣形組むという意味の訓練とそれなりの人数で戦う訓練ってまるで別やろうし
それなりの人数で戦うのがめちゃくちゃ強ければ実際陣形とかいらんよね

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 18:12:59.75 ID:CbQoMAdL
飛信隊みたいに愛と友情と気合で何とかなるんだよバーカ

861 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 19:36:11.43 ID:zf89+ZNh
孫子だの三国志だのは、江戸時代の軍学者のみならず戦国武将も大好きだったわけで、
そうも陣形軽視するとも思えないんだけどなぁ。

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/01(水) 19:42:29.52 ID:Xd/WtMny
>>838
一応、平安時代初期くらいまでは国軍もあったろう
あまりその頃に大きな戦乱が無いから目立たないけど、白村江の戦いの日本側は国軍でしょ

882 名前:人間七七四年[] 投稿日:2020/04/05(日) 01:12:51.06 ID:uOi0yEbN
>>862
坂東武士という輩が貴族から政治も軍も奪い日本から消し去ってしまった

883 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/05(日) 11:10:53.09 ID:nr4P//tZ
費用が馬鹿にならないから辞めたんじゃなかったっけ

884 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/05(日) 16:09:13.03 ID:e6kNYqhO
>>882
軍団なくなったのは桓武天皇の時代だ。
結果、地方は無政府状態と化し、そのせいで武士が登場した。
因果関係がまるで逆。

885 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/05(日) 17:04:42.75 ID:S0nzfDJr
無くなったんじゃなく朝廷の腐敗が進んで貴族が家ごとに官職を世襲で独占するようになったんじゃないの?
研究者は「職能化」とか言ってるけどそれってつまりそういうことでしょ?

886 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/05(日) 17:37:52.57 ID:BRPLJeTS
国軍自体は別に貴族に吸収されたわけではないな

887 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/05(日) 17:47:50.21 ID:nvyvTc83
律令軍隊が解体されたあとも、地方に設置されていた国衙には、国衙軍という、地方の治安を守る軍隊があり、
また中央には、貴族の中でも様々な武芸を家伝として継承する「武家」と呼ばれる軍事貴族があり、
この軍事貴族が地方に下り、国衙軍と合体したものが「武士」であると言われる。

888 名前:人間七七四年[] 投稿日:2020/04/05(日) 19:03:50.23 ID:uOi0yEbN
>>884
>>885
守護や守護代に奪われたんだよ

889 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/05(日) 20:33:32.08 ID:IaTrOfdj
地方が無政府状態とか酷い認識だな
少なくとも将門ぐらいまでは機能してた
あと官職が世襲になったのは院政の頃な

890 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/05(日) 21:28:14.51 ID:nvyvTc83
つか源平合戦の頃も、平氏は国衙軍を動員してるので、少なくとも鎌倉初期までは国衙軍制は機能していた。

891 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/06(月) 01:14:07.56 ID:RiRkWl2g
そのうち一体化していくわけだ

897 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/07(火) 08:35:07.35 ID:SqsB3wRX
>>890
国衙軍制は律令下の軍団兵士制とは全く異なるものだぞ
源平の頃は完全に地方負名の私兵
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    パイク方陣を生んだのは山国スイス
    テルシオを生んだのはこれまた山国のスペイン
    戦場の広さだけが陣形の決め手じゃないと思うね

  2. 人間七七四年 | URL | -

    お互いが陣地から出て布陣してぶつかり合う野戦自体がぱっと思いつかない
    城砦に籠ってるのを囲んだり囲んでる側を援軍が攻撃したりそんなのばっか

  3. 人間七七四年 | URL | -

    戦国までの軍記とか史料の描写だと基本は数十から数百くらいずつに分かれて戦ってるよな。
    中央集権の邪魔になった武士達の我の強さは一方で大規模ガチガチの陣形で縛らなくても戦える戦力の充実っていう利点にもなってたんだろう

  4. 人間七七四年 | URL | -

    853が完全に平地の意味理解していない件について
    等高線の見方から勉強してほしい

  5. 人間七七四年 | URL | -

    謙信「車懸だぞ」
    信玄「魚鱗だぞ」
    信長「三段だぞ」
    勝頼「それ陣じゃないしそもそも…ぅぐ」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    中国から兵法書とか書物できても武士達は俺たちには関係ないとかそんな感じだったのかな?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    X中国から兵法書とか書物できても
    〇中国から兵法書とか入ってきても

  8. 名無しさん | URL | -

    勘助じいさんが信玄に八陣を説いたつうのは単なる伝承?

  9. 人間七七四年 | URL | -

    848には何が書いてあったんだ

  10. 人間七七四年 | URL | -

    戦国武将って三国志好きだったのか?
    少なくとも演技は江戸時代からポピュラーになったイメージだったんだが。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    普段演習もでき(して)ないのに陣形を敷ける訳ないわな

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    それ三段撃ちじゃなくて三段オチじゃなw

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ノブヤボ革新で謙信を相手にすると、
    ドン!
    ぐるぐる(ほぼ竜巻)
    バーン!
    で、ごっそり減らされる恐怖。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※9のために本スレ見てきたらウヨとかパヨとかいう醜い言い争いだったよ
    ろくな中身もないし転載しなくて正解

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ウィキの日本の陣形史が面白いですね。
    火器の発展で 中国の陣形<小中集団による運用<兵種別編制の運用<散兵戦術などと優位性が変わっていくと
    まあ、命かかっているんだから陣形が有用だったら取り入れてますよね。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    歴史好きになった頃は陣形も信じていたけど、歴史にハマった今では、
    あれはロマンだったんだな、、、と思っている。

  17. 人間七七四年 | URL | -

    本来は存在した陣形を日本人が魔改造しすぎた結果元の姿が分からなくなったと妄想してみる。
    なんとなく密集状態を魚鱗、散開状態を鶴翼と表現していたらしいし。

  18. 人間七七四年 | URL | -

    個人的には小・中隊規模とか一定の数の兵数揃えている家なら、簡単な物は布いたのでは?
    流石に事前協議で受け持ちていどは決めるだろうし

  19. 人間七七四年 | URL | -

    彦左の三河物語の三方ガ原の戦いの文で魚鱗とか鶴翼とか出てくるし、一定以上の知識人は普通に知っていたんでしょうね。
    一般の人も琵琶法師とか経由で平家物語とか人気だったみたいですし、割とみんな知っていたのかも

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