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これよりいよいよ沢庵の墨跡が流行った

2020年04月17日 17:13

9 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/17(金) 01:29:47.12 ID:dNnHEo9X
乱世(大坂の陣)の後、二条にて上様(徳川秀忠ヵ)に、紫野(大徳寺)の好月(江月宗玩)、
玉室(玉室宗珀)、沢庵(沢庵宗彭)が御目見えした時、御所様はこのように仰せになった

「もはや春屋国師(春屋宗園)の弟子もこの三人のみである。むやみに掛け物など書かぬように。」

このような御意があったと沙汰され、それよりこの人々の手跡を、大小名衆も望むようになった。
その中でもとりわけ沢庵を用いたのは織田有楽殿で、判金百枚にてその墨跡を求めたが、それが偽物であると
目利きし、伏見にて御上洛の際、御前にて御詮索があり、いよいよ偽物と極まり、
「今より掛け物を買って、これを沢庵に見せるように」
との御意があった。これよりいよいよ沢庵の墨跡が流行ったという。

長澤聞書



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >>徳川秀忠ヵ
    この小さい「カ」はどう言う意味があるのでしょうね?
    「ひでたたりょく」ないし「ペルソナ召喚」か!?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    それは「ちから」ではなく「か」
    原文に「上様」としか書いてないので(徳川秀忠か?)と注釈を入れただけだよ
    特に古い注釈だと割と使われる方法だよ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    古文献に特有の記号や略語ってありますよな。
    脇に「イ〇〇〜」って書かれていたら、「イ」は「異本」の略で「別なある本にはこう書かれている」って意味だし。
    ほぼハテナマークのような用法の「ヵ」は、漢字で「歟」と書かれる場合もあるし。

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