FC2ブログ

ことさら60ヶ年以来は鉄砲があることにより

2020年04月29日 17:38

127 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/28(火) 20:36:36.02 ID:WPub7+sJ
信虎公(武田信虎)の御代には軍法も信玄公の十分の一でしかなかった。

ことさら信虎公28歳の御時のくしま(福島)合戦(飯田河原の合戦)の折、譜代衆は大方が在所へ引き
籠り見物仕る。右のくしまに勝ち給いて、その時より甲州一国の衆を8年の間にことごとく絶やし給うに
付き、2百・3百あるいは5百が立て籠もった城どもを攻め取りなさることによって、矢傷・槍傷・刀傷
をたくさん手負った衆が多かった。

しかしながら信虎公が家中において、譜代衆・牢人衆中で健壮なる武士を75人選び出しなさった侍衆は、
信玄公の御代に大方討死して、年寄るまで長らえたのは横田備中(高松)・多田淡路・安満(あんま)・
鎌田織部・原美濃(虎胤)・小幡山城、この6人である。

ことさら60ヶ年以来は鉄砲があることにより、武辺かせぐ衆はひとしお討死多し。鉄砲は大永6年(1
526)に井上新左衛門という西国牢人が信虎公へ奉公申し、この侍が鉄砲を持ち来たり教えたと申し伝
える。しかしながら、稀であったと聞く。

その後、信玄公の御若き時は、かち路大膳・同又作と申す牢人親子がいた。この侍が各々に教えた。近年
は佐藤一甫斎と申す牢人が来て教えているのである。今は侍衆皆が鉄砲を良く上手に撃っている中で、横
田十郎兵衛(康景)・日向藤九郎の両人は鉄砲を用に立てている。

――『甲陽軍鑑



128 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/28(火) 22:44:35.38 ID:2ocCnCTT
撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ

だから死ぬんだよ

130 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/29(水) 07:38:57.06 ID:8oiWljdW
>>127
一番槍なんて鉄砲のいい的だろうしなぁ
スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    130 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/04/29(水) 07:38:57.06 ID:8oiWljdW
    >>127
    一番槍なんて鉄砲のいい的だろうしなぁ

    氏郷・長政・勝成「ヒャッハー!先陣だぁ!」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    関係ないだろうけど毛利家の井上元吉も新左衛門だね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    当たり前と言えば当たり前だが鉄砲の伝播ルートも複数あるんだろうな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉のフィリピン遠征計画とか江戸初期の台湾や南方への介入計画とかあったけど、
    すでに確立してたテルシオ戦術とか17世紀中には確立した戦列歩兵とかと衝突したらどうなったんかねぇ。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    三河物語や北条五代記の北条早雲の時代に鉄砲があった描写とかこれとか、1540年代よりだいぶ前に鉄砲に触れてる話は火縄銃より古い形式の銃の話が言い伝えの中で混ざってる可能性もあるかもね。
    火槍レベルの武器なら応仁の乱で配備されたことがあるみたいだし

  6. 人間七七四年 | URL | -

    戦国中期以降になると、鎧装飾は地味になるんだよね、狙撃対策で。江戸時代以降には戦争も無くなり、逆に心意気を示した派手な変わり鎧が増える。

    明治になると射程も延びてるから、将校の白馬の騎乗は禁止になる。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    >75人選び出しなさった侍衆は、
    信玄公の御代に大方討死して、年寄るまで長らえたのは横田備中(高松)・多田淡路・安満(あんま)・
    鎌田織部・原美濃(虎胤)・小幡山城、この6人である。

    ※1の三人が討死にせず、畳の上で死んでるのってすごいんだな

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    真正面からは戦わないと予想
    当時の日本国内の戦い見てみても朝鮮出兵での戦い見てみても地形に拠って戦うのが日本人の特性
    特に伏兵戦術の巧みさ

  9. 人間七七四年 | URL | -

    まあ植民地でテルシオが組めるほどの財政基盤はスペインにはないんですけどね
    倭寇にマニラ陥落させられそうになったり色々貧弱

  10. 人間七七四年 | URL | -

    織豊軍だと塹壕と野戦築城はお手の物だしな
    大坂の陣まで行くと鉄砲や大筒対策に稲妻型の塹壕まで登場している

  11. 人間七七四年 | URL | LkZag.iM

    ※5
    脇に抱えて撃てる「銃」のことではなく、火薬の爆発力を利用した武器を指すなら、蒙古襲来絵詞の頃から「てつはう」は存在してたんだもんね
    種子島銃の前から、火薬を使った武器で「鉄炮」と呼ばれたものもあったのかもしれない

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    なぜ日本人は鳥銃(鉄炮)に手榴弾(てつはう)と同じ音をあててしまったのか

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    外国人が持って来た火薬を使った武器
    という事で一括りにされたのかもしれない

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/12467-a42359f2
この記事へのトラックバック