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本多正純について・雑談

2009年02月07日 00:16

366 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 01:35:47 ID:3UCu27uR
>>345 
正信「…という話でな。」
正純「それで父上、その『ある家臣』というのはどなたの事なのですか?
    その諫言はどのような内容だったので?」
正信「そのような瑣末な事はどうでもよいであろうが!下らぬ事を知りたがるな!!」
という感じだったらしい。
人生経験の差というか才を包む人間性の違いを感じる。

370 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 01:45:33 ID:cLiewl7L
>>366
正純、この調子じゃあ、正信も歯痒かったろうなあ
伝えたいことがまったく伝わってないという・・

374 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 10:15:59 ID:qkBXnkng
>>366
逸話だから続きがあるんだろうなと思ってたら
ヤパーリ続きがあったんだ ㌧楠

正信のイイ話の落ちは必ず正純が担当なんだなw 

381 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 12:11:42 ID:V8xwkZCS
>>370
本多正純、世代が少し近ければ石田治部や直江山城と友達になりそうだよね。
頭の回転は早いし明敏だったんだろうけど、言葉の裏にある意味とか細かい人情を汲み取るのは苦手だったんじゃ…

383 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 14:15:29 ID:V9Aprjoo
>>381
5歳差だから、かなり近い世代だと思うが。

んで、wikipediaの本田正純の項には
石田三成の身柄を預かったとき、三成に対して、「貴殿も忠臣なら、なぜ潔く腹を切られなんだ」
と質問すると、三成は「大望ある者は、最後まであきらめず己の信念を貫くものだ。
お主にはそれがわかるまい」と言い返されたとされる。
なんていうエピソードが載ってた。

384 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 15:40:55 ID:g3E0S8ji
人情の機微と言うものが理解できない奴同士が語り合ってもやっぱり理解しあえないですよという落ち?

385 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 15:53:29 ID:4r1inkBc
森長可・富田長繁「言葉じゃなくて拳で語り合おうぜ!」

386 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 16:05:07 ID:PnBJylOO
>>383ふつうに主家・主君へ忠義を持つトコまでは共通しても

いい悪いは別にして一個の武将として覚悟があった三成と、
そうじゃなく徳川家の能吏って枠内に収まってしまった正純の差、かな。


……別の話(ていうか後世の評)があって、

なまじ佐和山19万国の所領を持っていたために西軍の首謀者として斬られた石田三成。
謀略家に徹するなら、毛利や宇喜多にもっとへつらって(自分は)矢面に立つのを避けるべきだった
大禄ではないけどそこそこ所領があり、自分が豊家を支えるんだって自負心も強すぎたんだろう
石田家は寡兵なのに決戦場に赴いて華々しく戦って、結局負けるハメになってしまった。

正純の父ちゃんは自分が一向一揆に与して徳川家から一時逐電していた過去を忘れなかったらしく
大御所家康、秀忠に信任されていたにも関わらず相州玉縄に2万国ちょっとの禄しか受けなかった。
自分が謀臣・黒幕であることをむしろ強調して家中の憎まれ役を引き受けて、家康の後を追うようにひっそり死んでしまった
(息子にも「俺の死後、3万国までは加増を受けてもいいけど、それ以上は貰うなよ?
 将軍家の寵臣が大禄をはんでいたら世人の疑い嫉みを招くだけだ」と言ったとか)
正純は父・正信ほど透徹した考えを持てなかったんだろうか。

387 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 16:28:21 ID:m2O5ASE7
一瞬、正信がオーベルシュタインと被った。
主君の影としてきっちり制御された清廉潔白な腹黒さを持つ奴は魅力があるよね。

391 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/02/06(金) 18:23:42 ID:swoRDXsP
>>385
お前らは拳で済まないだろw

398 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 20:28:26 ID:HuxCIZNu
>>386
謀反人の息子としてスタートした正純にとって家康は父以上のほとんど神のような存在だったろうし
その主が眠る日光東照宮のお膝元をあげるといわれたら、絶対断らないと思うんだよな。
もちろん神君のお膝元として恥ずかしくない城下町にするためにそれなりの石高も欲しいだろう。

なんというか、こいつの晩年は「生き残った場合の三成」だとおもう。

400 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/06(金) 21:26:17 ID:MUr0xBJv
>>398
あーそう言われると確かに生き残った場合の三成かもね
良い形容だ

420 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:39:17 ID:hCDWTz9u
>>398あーその喩えはよく分かるわ、あんがと。自分じゃうまく言葉にまとめられなっかたよ...


しかも家康は大事を成して先に亡くなって、次代の秀忠や幕閣からは
『何かと神君神君って先代の巨人(や親父の正信)を引き合いに出す、うっとうしい古株』て思われかねないし。

正純は一々“主家を残し自分も生き残ってしまった石田治部”だったのかもね。
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