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週刊ブログ拍手ランキング【05/28~06/03】

2020年06月03日 16:39

05/28~06/03のブログ拍手ランキングです!


三好長慶暗殺未遂事件 12

将軍義輝の帰洛 9

汝の運命尽きたることを告げんがために 8
「右京、主殿に及びもないが せめてなりたや殿様に」 8

芥川孫十郎の裏切り 7
斎藤義龍の死 7

濃州稲葉山由来之事 6
公方家又京都御退座の事 5
先年御腹めさせ候刻を佐渡覚悟を以て申延候 4


今週の1位はこちら!三好長慶暗殺未遂事件です!
三好長慶のお話の中でも、この進士九郎による暗殺未遂事件は有名なものの一つでしょう。この記事の中にも有るように、
この暗殺未遂も実は理由がはっきりせず、将軍義輝に教唆された、あるいは所領を没収されたことの恨みがあったなど
諸説あった模様です。個人的には所領没収という理由が生々しいな、と思っちゃいますw
この中で進士九郎は、暗殺に失敗したにもかかわらず、大剛の者と評価されていますが、これには一方で襲撃された
三好長慶が、ただ巨大な権力者と言うだけではなく、武芸に於いても「達人」と考えられていた、と見ることも出来ると思います。
本当に何でも出来る人物ですからね、長慶は。仮に彼が、あと10年生きていたらどうなっていたか、と想像するのは
なかなか楽しい知的シュミレーションだと思います。
そして真偽はともかく、細川晴元ではなく、将軍がこの暗殺未遂に関わったという話が出ること自体、義輝の不徳というものを
感じさせるものかも知れません。

2位はこちら!将軍義輝の帰洛です!
その将軍義輝と三好との和睦についてのお話。三好長慶側の正当化の論理というものがよく出ているとも思います。
長慶は、これはあくまで京兆家内部の紛争であると規定し当時一体だった義輝と細川晴元を分断したという事なのでしょう。
実態としては必ずしもそういったものではありませんが、そう規定することに依って事態を矮小化し和睦できる環境を作る、
というあたりからも、長慶の政事センスを感じさせる内容ですね。
『續應仁後記』は細川晴元や足利義輝などに非常に辛辣な軍記でもありますが、それはこういった長慶の「思慮の深さ」を
彼等が蔑ろにしている、という認識からのものなのでしょう。
筆者の感状が見えてくる記事、そんな事も少し思いました。

今週管理人が気になった逸話はこちら!「右京、主殿に及びもないが せめてなりたや殿様に」です!
この記事でやはり注目してしまうのは播磨で謡われたという「右京、主殿に及びもないが せめてなりたや殿様に」との俗謡ですね。
この歌詞を見た多くの人は、出羽国酒田の豪商・本間光丘の威勢を謡った「本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に」を
思い出すでしょう。調べてみると、この『池田家履歴略記』は寛政11年(1799)の成立であり。本間光丘の没年が享和元年(1801)
であるので、『池田家履歴略記』の著者は本間光丘の全盛時を知っていた事でしょうし、故に本間氏への俗謡を、『池田家履歴略記』に
取り入れた、と見ることが出来るかも知れません。このように、歴史の描写にもその時々の時代性が反映されるという事なのでしょう。
そんな事も考えさせてくれた逸話でした。



今週もたくさんの拍手を格逸話に頂きました。いつも本当にありがとうございます。
また気になった逸話を見つけた時は、そこの拍手ボタンを押してくださいね!
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