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桶狭間の戦いと熱田町口の紛争

2020年06月08日 17:10

270 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/06/08(月) 03:16:57.31 ID:ZQsC5wnO
(桶狭間の戦いの時)

ここに尾州河内二の郷の一向宗、鯏浦の服部左京(友貞。織田家に属さない尾張国人)
は此度の合戦で義元に力を合わすべしと一向宗を数多引き連れ、武者舟数十艘に取り
乗って大高の下、黒末の河まで乗って来た。

まず大高城に兵糧を多く運び入れて松平元康に力添えし、自身は戦場へ赴いたところ、
19日の未の刻、はや義元討死なれば力を失い、舟に乗って帰りがけに熱田の港へ舟
どもを寄せ掛けて、遠浅の所から下り立ち町口を放火しようとした。

町人どもはこれを見て、味方の勝ち戦に力を得て、大勢が出て来て追い払ったところ、
服部の者どもは駆け散らされて数十人が討たれ、また舟に取り乗り、河内を目指して
引き入った。

――『織田軍記総見記)』



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    民兵主体と思われる自衛勢に数十人討たれるって、惨敗にもほどがある…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    町人とは言え武装して勢いに乗っていれば強いとも言えるし、一向門徒と言えど敗走中は大して統率はとれていないもんだとも言える

  3.   | URL | -

    センゴク桶狭間戦記でこの場面印象に残ってた

  4. 人間七七四年 | URL | -

    そんな有力者というわけでもないのにのぶやぼ常連の服部友貞さんちーっす

  5. 人間七七四年 | URL | -

    伊勢のイメージがあるのはノブヤボのせいだろうか

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ノッブだといつも願証寺に配置されてる人だね
    尾張はメジャーどころの城だけでぎゅうぎゅうだししゃあない

  7. 人間七七四年 | URL | -

    津島・長島辺りは今でも川また川で気づいたら愛知から三重に行ってたみたいな感じよね
    服部友貞が織田に対抗するために北畠に接近してたり友貞死後も残党が長島一向一揆に参加してるし信長が伊勢湾の支配をする上では邪魔で仕方ない存在だったろうな

  8. 人間七七四年 | URL | -

    服部友貞は尾張弥富から伊勢桑名辺りまで配下に置く侮れない相手だった。
    友貞暗殺に成功してから北伊勢も短時間で織田が制圧された

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※7,8
    そこを臣従しない勢力がいると厄介ですよね。
    東海道もそこは江戸時代も海上ルートですし、陸上交通でも京に向かう要衝ですからね。
    桶狭間の時は撃退されたとは言え、水軍が有れば織田方の商船襲って織田の経済基盤に影響及ぼす事も出来ますよね。
    残党が伊勢長島に逃れて抵抗するにも水軍で妨害出来ますから、信長が伊勢長島をあれほど徹底的に潰したのもそれが厄介だったらでしょうかね?

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