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岡崎領内渡利村の一揆が生害なし奉る

2020年06月14日 17:24

128 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/06/14(日) 16:11:55.68 ID:vlrl08jF
広忠公(松平広忠)は天分18年(1549)3月の鷹狩の折、岡崎領内渡利村の一揆が
生害なし奉る。尾州の織田弾正忠(信秀)の武略により、渡利村の一揆どもに過分に褒美
を与えるとの由。御印(首級)を持って一揆どもは矢作川堤を上り急いだ。

その節、岡崎大将衆3人が岩津の信光明寺にいたが、件の由を告げ来たりその内2人が岡
崎目指して急いだ。1人上将(ママ)出羽守は渡利村を目指し、岩津大川を堤を下り急ぐ。

件の一揆どもに行き合い、御印を見て1人も逃すまいと3人を切り伏せて残りは逃れ、御
印を持って光明寺に納めた。2度覚えがあり、右の内を抜き書いたものである。

――『三河東泉記



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